全投票一覧(日時順)

第261期予選時の投票状況です。4人より10票を頂きました。

#題名作者得票数
1蘇泉3
2怪物と人間euReka3
3遠いところから、遠いところへたなかなつみ2
4ローリング・ストーン三浦2

2024年6月27日 21時48分39秒

推薦作品
(蘇泉)
感想
小芝居の段になって、語り手の側にだけではなく、
相手側にも語り手には見えない広がりがあることが見えてくる。
舌の長さから見えなかった人間関係の広がりに辿り着くのが面白い。(この票の参照用リンク
推薦作品
怪物と人間(euReka)
感想
語り手が自然に怪物のことを見下しており、語り手に都合のよい言動を一方的にする怪物に対する違和感が、怪物が「人間になれた」というエピソードでぐっと前面に出てくる。奴隷制や家畜を想起する。
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推薦作品
ローリング・ストーン(三浦)
感想
俯瞰で捉える味気なさと、蝉に仮託した俳句による物語世界との、対比とも言えない対比が面白い。視点を変えると世界は違って見えるというのは、ある種の真実であると同時に、限界も感じさせる。
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2024年6月17日 19時41分17秒

推薦作品
(蘇泉)
感想
ディープキスを何度も想像させる話なのに、淡々とした語り口のせいか、不思議といやらしい感じがしない。
そういう部分がどこか村上春樹っぽいなと思った(真似しているとかそういう意味ではなく)。
舌が短い者同士どんな恋愛をしたのかも、残りの文字数で書いて欲しかった。(この票の参照用リンク
推薦作品
遠いところから、遠いところへ(たなかなつみ)
感想
人間は誰しもお互いに「ずれ」を持っていると思うが、それは、異物としてネガティブに捉えられることもあれば、個性としてポジティブに受け入れられることもある。
この作品に登場する彼女の「ずれ」は、おそらく100%ネガティブなものであり、「ずれ」を埋める努力を怠ると、その「ずれ」はどんどん大きくなって取返しがつかなくなるという絶望的なもの。

この作品を読んで思ったのは、歳を取るっていうのは、こういう、世界を作っている大きな何かや、世界の中心のようなものからの「ずれ」がどんどん大きくなっていくことなのかなと。
自分では普通の(中心に居る)つもりでも、歳を取ると、世界の中心に居続けることが困難になってきて、中心に居続ける努力もしだいに忘れてしまうような。

歳を取ることは死に近づくことで、「ずれ」と同じく絶望的なものだけれど、共感できる誰かがいれば救われることもあるし、何とか今日を生きていくこともできる。(この票の参照用リンク
推薦作品
ローリング・ストーン(三浦)
感想
「ただ反復するだけの日常」とは、人生にとってネガティブなものか、またはポジティブに捉える可能性のあるものかという問いを提示する作品だろうか。
俳句には、特別なことなど何もない「日常」を切り取ったようなものが多く、それこそが俳句の真骨頂と評されることが多いかもしれない(それだけではない要素もあるとは思うが)。
しかし現代を生きる凡人にとっての「ただ反復するだけの日常」は、ただのダメな人生でしかないし、俳句的教養をどれだけ学ぼうとしても会得できない高尚なものかもしれない。
現代の、特に都市部に住んでいる人間には、石に止まった蝉の声(日常の尊さを知る感覚)と、都会にあふれる喧騒(ただストレスになるだけの何か)を聞き分けることなど不可能に近いだろう。
そういう皮肉を込めた作品なのかなと思った。(この票の参照用リンク

2024年6月15日 18時43分27秒

推薦作品
(蘇泉)
感想
 6つの段落に分かれていて、1つ目から順に、起、承、承、承、転、結という構成になっています。
 5段落目は、語り手の立場が反転するという単純な「転」になっていて、意外性はありません。しかし、意外性が無い「転」がすべてだめだというわけではありません。これは、流行歌の旋律のようなもので、意外性が無い旋律の中にも、良いと感じるものと悪いと感じるものがあります。
 では、良し悪しを分けるものは何なのかというと、この作品に関しては、4段落目にある「でもまた別れた。」の一文によって、良し、になっているということになるでしょう。この作品では、舌をモチーフにした恋愛模様が描かれていますが、語り手の恋愛感情は描かれず、複数の「彼女」の反応を描くに留めています。唯一、語り手の恋愛感情が表現されているのが「でもまた別れた。」の部分、特に「でも」の部分です。この「でも」は、前段の「彼女は大喜びで」「嬉しがっていた」にかかっている言葉です。些細な表現ですが、その規模が、他の表現の規模に合ったものなので、印象的な表現になっています。
 また、作品の構成として、冒頭は観察される側だった語り手が、最後は観察者に変わるというところに、収まりの良さがあります。(この票の参照用リンク
推薦作品
怪物と人間(euReka)
感想
 改行を挟んで8つの塊に分かれています。1つ目から順に、起、承、承、承、承、転、承、結という構成になっていますが、8つ目の「結」が「転」の要素を多く含む、ショートショート的なものになっています。
 登場する「怪物」については、

 ・人間の五倍ぐらいの大きさがある生き物
 ・人間の言葉を理解し、自らも話すことができる
 ・痛みを感じない
 ・傷付く心がない
 ・農作業や土木工事などでよく使われていた
 ・語り手の実家にいる怪物は何百年も前から使われている
 ・飼えなくなった場合は、研究機関に引取ってもらう、もしくは飼い主が殺して処分する
 ・怪物を見世物にして商売している『怪物王国』という施設がある

 以上のことが明らかにされ、牛や馬のような使役動物だということがわかります。
 一般的な使役動物と大きく異なるのは、言語を用いてかなり正確な意思疎通が図れること、そして(身体的にも精神的にも)痛みを感じないこと、とてつもなく長生きであることです。
 さて、語り手はこんなことを語っています(5つ目の塊部分)。

   私は東京でいつもイジメられているけど、たまに田舎へ帰って怪物と話をしていると少しだけ自分を取り戻せる。

 語り手は、両親の死によって怪物を手放すことになります。自分を取り戻す機会を失ったのです。しかし、怪物を手放した語り手は「もう怪物のことは忘れて、自分の人生を生きることを一番に考えよう」と語っています。怪物を手放すまでに「いろいろ悩んだ」語り手は、怪物がいなくても自分の人生を生きられる人間に成長していたのです。
 怪物を手放してから数十年後のある日、語り手は人間の女性に変貌した怪物と再会します(そう、怪物は長生きなのです)。怪物は「今は人間になれて、あなたが怪物のあたしを捨てたときの気持ちがやっと理解できて……」と言っていますので「傷付く心」が芽生えたのかもしれません。
 ここで注目すべきは、怪物が「あなたが怪物のあたしを捨てた」と表現していることです。語り手は『怪物王国』が「酷い連中」であると知った上で、怪物を引き渡していました。この行動は、語り手の成長に関係があったのでしょうか。そして、その行動の気持ちがやっと理解できた怪物は、語り手に何を語るのでしょうか。謎を残して、物語は幕を下ろすのでした。(この票の参照用リンク
推薦作品
遠いところから、遠いところへ(たなかなつみ)
感想
 この作品には2ヵ所、読者を驚かせる仕掛けがあります。
 1つは8行目、「彼女」がずれているのは、感性でも感覚でもなく「時間軸的」にだった、というところ(5行目の「周囲が笑うところで笑えない。自分ひとりだけが笑う瞬間がある。」が利いています)。
 2つ目は、15行目。三人称の語りとして読み進めていた読者は「私」の登場によって、一人称の語りだったことに驚きます。
 この2つ目の仕掛けはさらに、読者が客観的に捉えていた「彼女」を、「私」を通した主観的な存在に変えてしまいます。そうして一気に、「彼女」と「私」との切実なコミュニケーションが描かれていくのです(エモい)。(この票の参照用リンク

2024年6月14日 11時4分35秒

推薦作品
怪物と人間(euReka)
感想
長年付き合ってきた生き物との付き合い方の変化による苦悩、別れ、再会の意外さ、併せて不思議な読後感で楽しめましたね。

『ローリング・ストーン』は、蝉絡みの著名な俳句を六作、独自の解釈を添えて並べることで、幽玄な世界に導いてくれました。ただ地の文のカッコ書きの注釈は、効果の演出の為に意図的にされているのだとは思うのですが、読みにくく、そのたびに読む流れが中断され、全体を楽しむことができなかったのが残念です。

『舌』は、これを指で”手をつないだときの感覚が〜”という展開にすれば、センシティブな内容にせずに済んだかと思うと、ちょっと残念でした。

『遠いところから、遠いところへ』は、私も人からズレているとよく言われるので、展開や結末を楽しみにして読んだのですが、迷宮に取り残された感じに終わり、理解できなかったのが残念です。
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