仮掲示板

臨床いや輪唱

しずかなこはんのしずかなこはんの
qbcさんに続きます。65期全感想。

1 ホームルームの時間 かんもりさん 997

 ホームルームというのはどうも言いつけ合い、毟り合いのような殺伐とした印象があったので、この物語を読んでほのぼのした。
 最後の段、数十年ぶりに思い出したと書かれているがその理由を推測させる情報はなく、ただ何となくという風に思われる。現実にはそうしてふと思い出すということは往々にしてあるのだが、小説としてはふと思い出すには思い出すだけの理由があって、それは主人公の内面に熾ったある変化を示唆し、そのことで語りに明確な意図が生まれる。
 時間経過からは、思い出したのはこの先生が亡くなったことに起因すると設定してよいと思われる。その余韻を残すなら「僕らがいたクラスのことも詰まって『いる』のだろうか」を「詰まって『いた』のだろうか」にするだけで違うと思う。
 しかし、それでもなお、この主人公は小学校のホームルームから数十年をかけて、この程度にしか魂や生死を見つめる経験がなかったのであろうか、という浅薄さを払拭することは難しい。ラストの段を膨らませるか、前段を膨らませるか、もう少し内面に踏み込んで思索してみたら、よい味わいのある作品を作ることができるのではないか。


2 思慮深い人 Et.wasさん 842

 オレの場合、というのがどの場合かは知る術もないが、地球最後の日なんて大概何もできないというのは賛成である。
 しかし、「思慮深い」というより、優柔不断なのである。こういう逡巡を乗り越えて自分だけの答えを見つけ出そうとするところに物語が生まれるのではないか。
 自分はやはりあれこれ迷うだけだろうから、こういう「地球最後の日の思考」という設定の物語は、まだ書けない。

続きます3-4

もう起きちゃ如何と 郭公が啼く カッコウ、郭公、各校格好滑降
杜の蔭から もう起きちゃ如何と 郭公が啼く カッコウ、カッコウ

3 空のボク、大地のボク、海のボク ハコさん 782
 「空のボクは空だから」とか萌えっぽい表現がちょっと楽しい。陸海空の三つのボクには分担があるようで、大地のボクが現実を、海のボクが内面を、空のボクは包み込むような大きな霊性を顕しているように思える。
 この分担があまりはっきりとは伝わらないのと似ていて、端折り過ぎて伝わらないところが幾つかある。わかりやすいところでは、
> (松本はるなにキスをした。)少しはにかんで、涙をこぼした。
 例えばこんな風に主語を略す場合、それ相応の前振りがないといけない。彼女のことだと何となくわかるけれど、海のボクのことだとしても読めてしまう。どちらであってもそれなりの物語が展開するはずだ。

4 キーボードの上の羽 水曜日さん 650
 散文詩、という風である。不条理な情景が、余分な装飾をされずに淡々と描かれていて、物のない乾いた部屋に戯れる恋人の湿度が強調される。
 友人が中国人であることとか、彼女が鳥に変化することとか、どういう意図で配置されているのかがよくわからない。

続いてます5-6

あっちの水はうまいぞ。くやしいな。

ところでハンニャ犬はどうしたかな。
捕まったらこっぴどく折檻されるらしいけど
そういう趣味だとは知らなかったなあ。

5 瀬戸際の主 柊葉一さん 1000

 この物語で「ばあちゃん」は、主人公の思索によって、静止した異次元の扉を象徴するかの如く描かれる。自分とは異なる時間を過ごしていることを直感的に察知して、そこに夢を描くところが少年らしい感覚だと思う。
 しかし、この二人の間に心的な交流は見られない。主人公の思索をばあちゃんが理解することも無く、ばあちゃんが孫に寄せる思いを主人公が感じ取ることも無い。何となく、ばあちゃんが孫を歓迎している空気だけが小さく浮かんでいる。

6 秩序を想う 森 綾乃さん 997

 電線によって黒く多角形に切り取られる空、のあたりを何度か読んで、おそらく交差点なのだろうと推測した。書かないことで場所を定める手法だが、読むのにちょっと苦労した。
 空想的な雑感としてうまく構成しているのだが、飛行機に秩序を感じるあたりが良くわからないので、前作もそうだけれど不思議な感覚の人なのだなあと大雑把にまとめてみる。ごめんなさい。

続けました7-8

近寄っちゃだめよ。
おでんにされるから。

7 おおきいもの 辛さん 420
「わかんない。とくべつすきじゃないのかもね。」
「じゃあなんであめになってほしいんだ?」
「きょうははれたから、あしたはあめのばん。」

 個人的には、ここがツボ。意図して書いているとは思えないが、子どもが本来持っている自然な大きさを語っている。そういう風に私は勝手に思う。長じるにつれて人は、好悪の感情によって生じる拒絶・聖別・差別と対峙しなければならなくなるのだが、この時の感覚を育むことができればおおきな人になれるだろう、という期待が膨らむ。
 なお、これはまったく逆の読み方もできて、順番を守らせるというマナー観の萌芽と解釈すれば、小児的に無批判に吸収される社会秩序の顕れともとれる。
 作者も意識していないであろう作中の一表現だけを取り上げるには語りすぎであろうかと思われるので、このへんでやめる。

8 早春賦 さいたま わたるさん 1000
 うわー…無邪気におでんを喜ぶ姿がこんなにもどす黒いなんて。最後に登場する女の子は、今期一番非情な人物に決定された。

続くなんて9-10

そばに行っちゃいけませんってば。
おでんが伝染っても知りませんよ。

9 時代遅れ?なアタシ ルーンさん 450

オーマイガッ
独りカラオケが寂しいけど好きだって?
そういうヤツは結構いるぜ、ベイビー。俺の周りにもな。
それよりもっと寂しいことを一緒にしようぜ。
ここにある創作を読むんだ。
素敵な奴を選んで、嘗めるようにじっくりとね。
寂しいとか好きとかいう気持ちは、
もっともっといろんな言葉で書けるんだ。
もちろん、他のいろんな感情や体験もね。
特にお勧めは川野君だぜ、ハニー。
ほんとうなんだ。信じてくれよ。


10 仙丹 八海宵一さん 1000

 仙という超常の存在も人の在りようの一つであると思えば感慨深い。己の役目を意識し、全うすることを志した人が大仙になるというのは、人がその志を探し、見つけ、それを全うしていくことを願う、そういう姿を映し出しているのではないか。己が役目を全うする志のないままに仙丹を食してきた弟子に、そういうことを思った。

続けました11-12おまけつき

おまけつきです。

11 チョコっとした小説 中木寸さん 240

 チョコっとコメントに困る。(あー、やっちゃった…)
 ストレートで読みやすいのだけれど、何を伝えたいんだろう、としばし悩んで、結局わからなかった。食べ物の怨みは恐ろしい、ということではないだろう。

12 掌 ヨクサルさん 622

 ヨクサルさんが書きたいと思われたもの、この文章に現れる表面的なことではなく、その奥底にあるだろう何か、おそらくまだ掴みえていないであろう何か、それは登場する夫婦が長い人生の中できっと掴んだであろう何か、そういうものを私は想像したくなる。私はこういう二人がけっこう好きなのだけれど、描写される中では、「そこそこ」「平凡ながら幸せ」「十数年ぶりとなる」「あと数年という」「ちょっとした」疲れ、安堵、充実感、寂しさ、むなしさ…と、抽象に傾いたところが浮き上がって、人生の機微とでもいうものが伝わるにはやや具体に欠けるし、登場人物よりもっと若い年齢の感覚のまま書いているように思えた。


以下、オマケ。


 いわゆるケータイ小説的なデザインの物語は今に始まったものではなくて、古くはコバルトノベルとかティーンズハートとかで数十年前にすでに使われていた表現方法があって、これとよく似ている。
 両者を区別せず語るが、これらが売れた理由、親しみやすさを感じる理由は、(かつてもどこかで耳にし、最近もある方の意見があって思い出したのだが、)同世代の人物の等身大の言葉で語るところにあるのではないか、ということである。これに同世代の読み手の感性が共鳴したことで、あれだけの市民権を得た、と言えるだろう。

 しかし共感したからといって、ケータイ小説の手法的な部分だけを真似しても、作者の思いに実感をこめて伝えることは難しい。ケータイ小説的手法の弊害は、見知った言葉を使うために表現がステレオタイプになり、うすっぺらく見えてしまうことだ。
 これはケータイ小説の手法を使わなければいいというわけでもなくて、旧来の純文学や、私小説的な手法を取り入れている人であっても同じことなのではないかと思う。特殊な例ではショートショートなどは、はっきりと構成の技術であるから、過去の作品を真似て失敗するとホントに悲惨な有様になる。
 自分が書きたいものに合った表現を探していくのは難しいと思うし、あまり慣れ親しんだ方法ばかりに頼らないで模索してみるのも、実感を伝える表現を研ぎ澄ますという意味で大切かと思う。がんばります。

電車が遅れました13-14

とり急ぎ投票をいたしましたが、わけのわからないコメントであいすみません。感想はこちらで徐々にお届けいたします。

13 ゴーレムを創る makiebaさん 1000
 多にして一。一にして多。粒子にして波動。色即是空。
 こういうホムンクルス造作な小説の書き方は自分でも時々する(そして失敗する)ので、興味深かった。埴谷雄高とか、シミュラークルになる時代なんだ。というか一時代を終えたものをこんな風に悪戯に引っ張り出せばそれは全てシュミラクールであると言えるのか。いろいろわからなかった。肝炎とかも。
 三浦さんの読み方で、もっといろいろ楽しめる物語なんだと考え直した。


14 擬装☆少女 千字一時物語22 黒田皐月さん 1000
 作品冒頭でオチを言ってることになるかな。これは。否。それ以前に女装ものを書くと決めてるのだから、タイトル以前からすでに中身は女装ものに決まっているわけだ。
 これは例えばqbcさんの小説を、qbcさんらしさが通底しているから安心して読めるというのとは、意味が違う。読む前から、未知の小説に触れるどきどき感をかなり損なうのだ。と、いうことを、黒田さん自身がわかってやっているのだから、これはやむを得ないのだろう。
 今回は変化球、という風の女装ものバリエーションであろうか。女装ネタなら何でもありというのもはっちゃけてて、それはそれでいいのかもと思った。

Re:電車が遅れました-強風で大変ですね

出ましたっ、題名の話。
いろいろな話を聞いていると、自分が書くときに意識していることは何なのだろうかと思わされます。しかし思ったところで改善できない現状。

〉14 擬装☆少女 千字一時物語22 黒田皐月さん 1000
〉 作品冒頭でオチを言ってることになるかな。これは。否。それ以前に女装ものを書くと決めてるのだから、タイトル以前からすでに中身は女装ものに決まっているわけだ。
〉 これは例えばqbcさんの小説を、qbcさんらしさが通底しているから安心して読めるというのとは、意味が違う。読む前から、未知の小説に触れるどきどき感をかなり損なうのだ。と、いうことを、黒田さん自身がわかってやっているのだから、これはやむを得ないのだろう。
自作とは関係ないことですが、qbc氏らしさという言葉、私も使っている一方、いろいろなものをいろいろな文体で書くqbc氏にそれは本当にあるのだろうかと思うこともありました。しかしやはりそれはあるのだと、安心したような、とにかく釈然としたものがありました。
私が書くものは女装はオチではない、女装の話の中にさらに何かあるのだと、そうなりたいです。だから、
〉 今回は変化球、という風の女装ものバリエーションであろうか。女装ネタなら何でもありというのもはっちゃけてて、それはそれでいいのかもと思った。
と言われているうちは、と思いました。
ともあれ、読んでいただき、ありがとうございます。

今期もそろそろ終演ですね15-

かつてない盛り上がりに驚いております。
おでんは卒業。春だし。

15 マイソフィスト 壱倉柊さん 1000
 ソフィストというほどソフィストではないような気がするのは、私がソフィストを正確に知らないからか、もっとソフィスティケートされたソフィスト? が二作品前にいたからか、とか思った。
 しかし、ソフィストというのは友人の感覚の中のものであるわけだし、友人への微妙な敬意と友情を「ソフィスト」という二面性のある言葉に結晶させる語りのプロセスがとてもよかった。

16 僕の天秤 櫻 愛美さん 875
 第二の人生のはじまりとでもいえる物語。正直なところ、事故死した青年の幽霊を登場人物に選んだことは、単に生きた人間を登場させるより面白そうだから、という程度に使っているとしか思えなかった。けれど、死んだ者の天秤が希望に傾いた後どういうことになるのか、というのはとても気になる。

17 タイム・ワープ fengshuangさん 962
 小学生くらいの子って案外突発的な変化への順応力がない。
 ところでタイム・ワープって未来の自分に同化することだったっけ。

18 横断者 笹帽子さん 1000
 なるほど、横断者。
 「待つ」から「横断する」へ、そしてまた「待つ」へ収束する。「待ち時間」で人生語った後に、「停止者」でなく「横断者」と交代することによって人生観はどうなるんだ? というところの気になるサゲであった。停止者と横断者で交代のしかたが違うだろうところも気になる。停止者が動けないということと、横断者が交差点に閉じ込められるということをほぼ同義として取り扱っているようだが、ここをもっと掘り下げてみるのが面白いだろう。

19 桜の樹の上には 三浦さん 992
 感想は一度掲示板に出しておりますので簡単に。前作と似た造形・造詣の物語で、三浦さんご自身が詳しく解説されていたようにかなりの内容が凝縮されており、おなかいっぱいという感じでした。

20 猿の証明「2+2=5」 宇加谷 研一郎さん 1000
 宇加谷さんらしい、論理的構造のある突き放した物語。こういう風に人間関係を数学的に弄ぶような物語は、苦手。数学が苦手であるということもあるけれど。
 勝手に考えた後日談「1+1=3」
 一発やった二人が三人になるという計算は、種族差により不成立と判明。

21 子犬のワルツ 長月夕子さん 997
 語りのリズムが素直で、読ませ方を心得ていると思う。
「あきらめてるわけじゃないから」
 ここで物語が引き締まる。専門家になるということは簡単ではなく、今の自分の能力を見据え、それでも諦めず研鑽していく姿勢が必要なのである。作者の生きる姿勢が余分な気負いや衒いなく語りに現れる。スタンスに共感した。
 その一方、物足りなさが残る。二人の人物の距離感が、もう少し濃く描かれてもよいと感じた。女教師と男子生徒っていう麗しい設定なのにもったいないなあとか思ってしまった。

22 せぶんてぃ〜ん qbcさん 1000
 だから何なのだと思うのだけれど、言葉巧みで、自然におもしろい文章というのはこういうものだ。ここまで読んで一番良かった。

23 餅を焼く わたなべ かおるさん 734
 餅を食べるただそれだけのためにわざわざ炭を熾すのか、自分にはよくわからない。火鉢など暖をとるために熾してある火に、ついでにかけるものだと思っていた。
 思うと語るとのバランスについては村上春樹の初期作品に印象深いものが幾つかあり、確かその中の一つに、思っていることの半分だけを語っているうちに、半分だけしか語れない人間になっていたとか、そういうことを書いてあった気がする。引用が違っていたらごめんなさいと先に謝ってしまうけれど、言いたかったことは、思うと語るのバランスを取るとは、思っていることを全部しゃべるのが良いかどうかという意味合いではなく、語るべき内容を過不足無く用意し、語る、という姿勢の鍛錬であろうかと思う。

24 未来の乗りかた わらがや たかひろさん 1000
 作品としては完全に途中。未来体感シュミレーションゲームという設定はこれまでも数多の作品に見られたし、この説明書きで興味を引かれて乗るかといわれると、残念ながらそうでもない。文章は読みやすいので、書いたあとでもいいから、1000字というスタイルで何を伝えるかについて、考えてみて欲しいと思った。

25 幸福を促進できる? 崎村さん 999
 主人公の性別が文章からわからないので男性として読んでみた。凄い世界が広がった。そしてオチ。部屋に上がりこんだ男、いきなり死んでる。今まで気づかなかったのかとかはともかく、幽霊捕まえて離さない能力があれば霊媒師になれるかと思う。誰かの見えない肩の荷をおろすくらいには幸福が促進できそうである。グッドラック。

26 泥鰌 川野佑己さん 1000
 語りのすばらしさは変わらず、特にウドンのくだりは大好きだが、前作と比較して、少し大雑把に素材を寄せ集めた感があった。

黒山羊さんからお手紙ついた

白山羊さんたら噛まずに呑んだ

お返事へのお礼をかねて、「エプロン、女装、恵方巻で三題噺」

「イン・ワンダーランド」

 誰かを恋うるという気持ちはどのように芽吹き、どこへ向かうのか。たとえ幾つになっても、新たな芽を吹かせ、愚かさも過ちも気の迷いも、凡て呑みこんで花を咲かせる。そういうものなのか。先週、仕事の合間に女の子が、女子中学生のごとくそわそわとネットでお菓子のレシピを検索する様子を見て、そんなことを思った。
 だが俺の時間は、そんな思いに微笑みかえす男の余裕など無いままに過ぎてきた。そして独り思考する時間の余りある現在、問うほどに腹が立つだけだということを、思い知る。朝から何本目かわからぬビール缶を捻り潰したその時、黒々といかつい電話機が佐倉の名を叫んだ。
「暇だな?」
「忙しい」
 俺は懐中時計を取り出してみる。以心電信。
「ちょうど良かった。今から来いよ」
 言っても伝わらぬものが、言わずに伝わるはずもない。ダイヤルをげたげたと回してせせら笑う黒電話に、俺は受話器を叩きつけた。
 玄関で出迎えた佐倉の姿に、俺は噴いた。大きく胸元のあいたミニのワンピースを着て、兎のような純白フリルのエプロンからもっさりと脛毛をはみ出させていた。俺は奴が職場の女の子に混じってニキビがどうのと騒いでいたのを思い出したが、因果関係を推測することを脳が拒否していた。
「エプロンの可愛らしさに合う服が、これしかなくてな」
 昔からこういう奴だった。形から入り、白を赤と塗りこめる論理に暮らす、傍迷惑な輩だ。
 キッチンを見てまた仰天した。黒魔術か陰陽術か。チョコのこびりついた泡だて器、クリームのはみ出たボウル、トランプのように揃った海苔、乾瓢、胡瓜、さくらでんぶ。和洋折衷、部屋中でチョコと煮しめの甘い匂いが混線していた。
「こっちに来いよ」
 佐倉はくるりと背を向けた。でんぶの陰に椎茸がちらりと見えた。
 案内されたリビングのテーブルには、わざわざ買い揃えたらしい二人分のカップがあった。俺の目は逃げ道を探して泳いだ。だが新品のカップの脇に、太い指の跡がついたいびつなチョコと、すっかり冷めた紅茶のポットがあるのを見つけてしまった。床の上にはエプロンを包んでいたらしい小奇麗なラップが散乱していた。
 佐倉は黒々と長い一本を掴むと、俺に差し出した。
「幸せになろうぜ。一緒に」
「ああ。幸せになろう。お互いにな」
 俺は念のため少し修正を加えた。
 二〇〇八年二月三日、午後四時。南南東に向いて黙々と咀嚼する僕たちの右顎を、低空の太陽が照らした。

(了)

噛まずに呑んだものでテーマがちゃんと咀嚼されていませんが。

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