第45期 #25
「井上靖と井上ひさしはどこがちゃうのん?」
ペペロンチーノ・スパゲティを小器用にフォークに巻きつけながら恋人はそう云った。その唐突さに思わず「なんやて?」と聞き返すと、まったく同じことを繰り返してからスパゲティを口に運ぶ。石川淳といしかわじゅんが別人であり、金子光晴と井上光晴が別人であるように、井上靖と井上ひさしは別人だった。
「井上靖はほら、『敦煌』とか『氷壁』で、井上ひさしは『ひょっこりひょうたん島』やんか。ドン・ガバチョや、トラヒゲや、ダンディさんや、ハカセくんや。ハカセくんは中山千夏やったね」
「中山千夏?」
「中山千夏は『じゃりン子チエ』のチエちゃんやん。若いころはきれかったんやで。テツは西川のりおや。劇場版は豪華やったなぁ。マサルと腰ぎんちゃくが紳助竜介で、ジュニアと小鉄がやすきよやったんやから」
恋人は「ふぅん」と云ってから、スパゲティを口に運び、不味そうに咀嚼した。店が気にいらなかったのか。いや、そもそもこの店を選んだのは彼女だったのだし、味の方もまったく問題がない。ぼくが頼んだミートソース・スパゲティは、隠し味の細かく刻んだセロリが効いた美味いもので、そこらのファミレスではこうはいかない。もぐもぐと動き続ける閉ざされた唇を見やりながら、彼女が食べているのが、ニンニクの効いたペペロンチーノであるのがおそろしかった。
動きが止まって口を開けたと思うと、「井上靖と井上ひさしはどこがちゃうのん?」と、また同じことを云った。名前が似ているというだけで、どこもかしも別人ではないか、と思うも、そういえば、井上靖は幼年時、父母と離れ血の繋がらない祖母に育てられ、井上ひさしも、義父に虐待され家の金を持ち逃げされたあげく、孤児院に預けられたのでなかったか。
俯きミートソース・スパゲティを眺めながら、ミートソースの「ミート」は「meat」であって、「meet」ではないと思い、「boy meat garlic」という言葉が思い浮かぶも別になんの洒落にもなっていない。
黙って俯いているぼくに、またも恋人は「井上靖と井上ひさしはどこがちゃうのん?」と云う。じっと考えているうちに、井上靖と井上ひさしが手を繋ぎぐるぐる頭のなかで廻りはじめ、いつしかそれに横山やすしと西川きよしも加わって、ぼくはいつまでもミートソースを見つめ続けた。井上ひさしと横山やすしが肩を組んでニタニタと笑っていた。