第45期 #26

ねずみ

 夜の8時を回った頃だろうか、僕はキッチンのテーブルでもそもそと冷凍食品のチャーハンなんかをつついていた。僕の家は町外れにあって、テレビもつけていないものだから、不気味な程静かである。チャーハンを食べる音とスプーンのぶつかる音しか聞こえない。そのはずなのだが、先程からどうも変な音が混じっている。最初は気のせいかと思って無視していたが、こつこつ、もそもそ、かりかり、こつこつ、かりかり、もそもそ、かりかり……やはり気になってきた。
 耳を澄まして音源を探ってみると、どうやら隅に置いてあるガスコンロの方から音が聞こえてくる。席を立ちコンロの下を覗き込んで見ると、奥の方でのそのそと動く物体を発見した。小汚いねずみである。
 ねずみを生で見るのは初めてだったので、僕はきゃっと短く声を上げてしまったが、ねずみが悠然と僕の方に睨みを利かせていたので、負けじとすぐに睨み返した。
 そうしてしばらく対峙していたが、僕は少し感心した。ねずみというのはこれ程にも意思的で、力強い目をしているのかと。僕とねずみの間にぴんと張り詰めた空気が流れている。ねずみは依然として僕に強く訴えかけるような視線をぶつけている。

 「お前、殺すんだろ」
ねずみが本当に話しかけてきた。僕は何事かと吃驚して一瞬頭が真っ白になったが、ねずみの声が渋くて良い声だったのは今でも鮮明に覚えている。
「殺すって……さあどうだろうなあ」
声は若干上ずっていたが、とりあえず言葉を返してみた。
「ちゃんとわかってるんだぜ。お前ら俺達に対して酷い接し方するからな。俺の後輩なんか、一昨日この近所のババアに溺死させられたぜ。籠に入れられて、水の入ったドラム缶に沈められんの。ありゃ死の拷問だぞ。なにがそんなに気にいらないんだよ」
「そんなことやってんのか! いや……でもお前達柱とか齧るし、それにホラ、変な病気とか運んできて迷惑かけてるじゃん」
「そんなこと言ってるけどな、俺から見ればお前ら人間に一番迷惑をかけてんのはお前ら人間自身だぞ。そう考えれば俺達なんか可愛いもんだろ」
「うーん……」
 僕はそれ以上言い返せなかった。

 僕はそんなことをキッチンをうろうろしながら、時ににやにや、時にうんうん唸りながら考えていたらしい。不意にハッと我に返ってバッとコンロの下を覗き込むと、ねずみの姿はもう無かった。
 ねずみが僕を惑わしたのか、単に僕が変なのかは、わからない。



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