第45期 #27

あこがれ

 高度2000メートル、学はパラシュートなしで、飛行機から飛び降りようとしていた。
「学、死ぬかもしれないぞ。一体何のために、そこまでやるんだ。」
学が、そのはちきれんばかりの筋肉の上に身につけた、SサイズのTシャツの“一撃”という文字に横じわを出しながら答えた。
「男が、永遠のあこがれの男を超えるためには、死ぬ覚悟は当然だ。」
学のあこがれの対象とはそう、ボクシング漫画『がんばれ元気』に登場したあの男、関拳児である。関拳児は、作中で何日も山にこもり、最終的にクマを一撃で倒すコークスクリューパンチをみにつけている。男としてこの関拳児に並ぶには、クマを一撃で倒すしかない。これは当たり前のことである。
 学はこれまで、トレーニングにトレーニングを重ね、血を吐くどころか鼻からうどんすら出し、相当なパンチ力を身につけていたが、前回クマと闘ってみたところ、パンチ3発でクマをノックアウトした。3発もかかるなんて人間のクズである。これでは弱すぎる。
 苦汁を飲んだ学は、考えた末、ひとつの結論を出した。今、学の着地予定地点には、クマがスタンバイされている。

重力の力でぶっ殺す。それしかない。

「学、そろそろカウントダウンを開始するぞ!」
「ちょっと待ってくれ、5分時間をくれ。」
ここで学は瞑想にはいった。「おいおいビビったか」と、パイロットが言いかけたが、それ以上言葉を続けることができなかった。学のその表情は、劇画風だった。
「学が、学がついに少年漫画の域を超えやがった。やるぜ。今日のこいつはクマを一撃でやるぜ!」

飛行機は降下ポイント周辺を旋回し、そして5分が経過した。

「2匹だ! クマを2匹用意してくれ!」
瞑想を終えた学が急に叫んだ。
「なんだって! 一撃で2匹殺すつもりか!学!」
「クマを重ねて2段にしてくれ!」
「それは無理だ! 生き物だから!」
「ならいいや! 並べろ! 横に並べろ! 両腕で同時にぶっ殺す!」
「オーライ、学!」

さらに5分が経過する。学は燃えている。

「学、クマのスタンバイの方だが、『そんなにクマはいねーよ』との連絡が入った。今日中に2匹用意するのは無理だ。今日のところは一匹でトライしてくれ。」
「ならいいや! 今日は帰る!」

学は、ここまで来てチャレンジを止めた。いつも言うだけ言って、周りを巻きこんだ時点で満足してしまう学なのであった。



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