第27期 #15

銀河観光社出張所NQ7711R

 空は、血の色だ。夕日が黒い地平に浮かんでいる。足元には熱で溶けたガラスの塊、折れ曲がった鉄筋とコンクリートの欠片。黒焦げの瓦礫の上を、転ばないよう注意しながら、どこまでも続く廃墟を美しい女性型アンドロイドに付いてゆっくり歩いていく。
「……トレトエンズ歴で5001年のことでした。ここにサンタマク王朝はその歴史を閉じたのでした」
 風が強くなってきた。砂塵が舞って辺りを一層暗くしていた。私が立ち止まると、アンドロイドが振り返った。
「案内所に戻りますか? お疲れのように見えます」
「いや……」
「オンニーロルの首塚に行かれますか? トロリ族の習俗についてお話しましょうか」
「ヴェタの泉に行きたい」
「最も人気のある観光名所です!」
 古風なファッションに身を包んだ旧式アンドロイドは、嬉しそうな様子になった。それを見て私も少し嬉しくなった。丘の麓の鉄屑の山をシャリシャリと掻き分けると、鋼鉄のドアが現れた。ドアを開け、内壁が黒く焦げて鉄柱が剥き出しになった広いフロアに入った。床一面にガラスが湖のように丸く広がり、真上の天井に大穴が空いていた。アンドロイドは壁に立てかけてあったモップでガラスの表面を手際よく拭いた。
「さあどうぞ、王朝最後の王女、ヴェタ・マルータです!」
 澄んだ湖を覗き込むように下を見ると、ガラスの層は深く、その底に一人の美しい娘が塗り込められていた。
「ここは宮殿でした。高い天井には性質の異なるガラスが幾層にも重ねられ、光の入る角度によってあらゆる美しい色に輝きました。そして、あの最終戦争の時、光子爆弾が頭上で爆発し、一瞬にして輝ける虹となったガラスが王女の上に降り注いだのです!」
 私は恐怖に蒼ざめた王女の顔をじっと見つめた。どれくらい時間が経っただろう。私は静かに立ち上がった。
「次はどこへ行かれますか?」
「いや……」
 私はアンドロイドの美しい瞳を見た。
「君、名前は?」
「NQ7711Rです」
 とても綺麗だ。ずいぶん長く整備されないままなのに。たまたま不時着した星に、彼女だけがまだ動いていた。今日、およそ5光年かなたの地球から待ち続けた通信が来た。5年前のものだ。
「地球は全滅していたよ。くだらん戦争のために。もう助けは来ない」
「…………」
「ありがとう」
「明日もいらっしゃいますか?」
「いや。もう来ない」
 アンドロイドは少し寂しそうに見えた。彼女に背を向け、ゆっくり歩いていった。



Copyright © 2004 朝野十字 / 編集: 短編