第27期 #14

ある夜の出来事

 月明かりがとても眩しい夜だ。心地よい静寂がその場を支配し、僕は物思いにふけっていた。
「ぴしゃん!」
いきなり、水溜りを踏む音がして僕は現実に引き戻された。廃墟ビルが立ち並ぶ道の一角。水溜りの近くには、一人の少女が怯えた様子でかがんでいる。その身の全てを黒に包んだ少女は・・・、いや、訂正しよう。少女の瞳は、決して普通の人間のような黒い瞳ではない。彼女の瞳は鮮血のように月明かりの下で不気味に輝いている。だが、その瞳にもどこか怯えている様子が伺える。

「私が…悪いわけじゃない……。」
少女は両腕を抱え、小刻みに震えながらつぶやいた。よく見ればその手にはまだ新しいだろう、どす黒い血がべったりとついていた。
「私は悪くない。だって…。」
だって、あの店員が素直に金を渡さなかったから。いつもはうまくいってた。一連の流れ作業のように、すぐに終わるものだった。なのに…!

 少女は、半分以上錆びたナイフを両手にしっかりと、そして慎重に手に取った。やはり、そこにも新旧いろいろな血がこびりついている。
「そうだよ、私は悪くない。だって、こうしなきゃ生きてこられなかった。悪いのは私の親だ…!!」
血を吐くような声で、少女はナイフを握り締め叫んだ。水溜りの水面が微かに揺れた。僕は静かに少女に近づく。
「…だが君は人を殺した。理由が何であれ…ね。」
僕は嘆く少女に向かって優しく言った。少女にも分かるように言葉を選びながら。
「分かるかい?人を傷つけることと、人を殺すことは全然意味合いが違うんだよ?」
「あんた…誰!?あんたに何がわかるの?私の何が…!!」
反論しようとする少女の言葉を遮り、僕ははっきりと言った。
「その証拠に、君の瞳はもう黒くない。」
そう、それは人殺しの証。永久に背負っていかなければいけない死者の呪いだ。その言葉を聴いた途端に、少女はその場に泣き崩れた。ナイフを投げ出して。だが、こうなった以上少女は闇が支配した世界で生きていかなければならない。二度と日の下に出ることはないだろう。僕と同じように…。
「さぁ、行こう。同志たちが待ってる。」
いまだに泣いている少女の手をとり、僕は赤い瞳だけが輝く闇の世界へと歩き出した。
「イヤだ!…イヤだ!!行きたくない!!」
少女は泣き続け、私の手を光のある世界へと引っ張ろうとする。…今更遅い。人を殺すと言うことは、一生では償えない罪を背負うことなのだから。


Copyright © 2004 封錠あき / 編集: 短編