第26期 #12
縁側でカステラをかじりながら、ひなたぼっこをしていた。
うらうらとあたたかい日ざしに、ついうたたねしてしまったらしい。気がついたら、私の食べこぼしたカステラに蟻が集まっていた。縁側をななめに横切って、きちんと列をつくって。庭の巣穴に、かけらをせっせと運んでいる。その働きぶりを見守っていたら、庭の山茶花の生垣の向こうから、
「ハイ、ゴメンナサイよ」
と声がして、木の間からガサガサとありくいさんが顔を出した。
ありくいさんは、大きなからだをむりやり木と木の間に押しこむと、ぽんと勢いよく庭に転がりこんだ。
長い口吻をふんふんとうごめかせながら、縁側のそばまでやってくると、両のまえあしを縁側の上にそろえて、黒い小さな目で私を見上げた。
「こんちは、奥さん」おだやかな声だった。
「こんにちは、ありくいさん」
「おやつの時間ですか、奥さん」
「ええ、そんなところですわ」
「時に、奥さん」
ありくいさんは、とても落ち着きはらった様子で、丁寧にたずねた。しかしその小さな目は、縁側の蟻をじっと見つめたままだ。
「僕も、いただいてもいいですかね。その、おやつを」
私が返答に詰まっていると、ありくいさんはたまらないといった様子で、口吻を縁側にのばして、蟻を二、三匹、長い舌でつるりとからめとった。蟻の小さく甲高い「あ」という声が、かすかに聞こえた。
ありくいさんは、無作法を恥じるように「いただきます」と小声で言うと、あらためて縁側から庭まで続く、蟻の行列の上に次々と舌をのばした。
つる、つる、つる。あ。あ。あ。
みるみるうちに、蟻はいなくなった。
縁側に残ったのは、私と、私がこぼしたカステラのかけらだけ。ありくいさんは、カステラにはまったく興味がないようだ。
「ごちそうさまでした」
すっかり満足した様子のありくいさんは、まえあしをおなかの前にそろえると、ぺこりと頭を下げた。
そそくさと庭を横切って、もと来た生垣の間に体を押しこませると、ぷいとどこかへ行ってしまった。
生垣には、ありくいさんが出入りしたところだけ、少しすき間ができてしまった。そこから隣の家のふたごの娘が庭で吹く、たて笛の音がピープーもれてくるものだから、心がカサカサして居ても立ってもいられない。
私は残ったカステラのかけらを、小さく切った半紙に集めた。そして庭の蟻の巣穴の近くに、かけらをまき散らした。穴のずっと奥に隠れているかもしれない、運のいい働きものたちのために。