第9期 #12

薄暗い道

 灯りのまるで点っていない見知らぬ道を歩いていた。薄暗いことはそれ程気にならなかったが、何故自分がこんな道を歩いているのかまるで見当がつかない。どこからか蟇蛙がぐわぁと鳴く声が聞こえるところをみると近くに池でもあるのかもしれないが、自分の家の近くに池などある筈はない。いやいや確か自分はちょっと一杯ひっかけた後、知人の家を訪ねる途中であって、久々に会う知人だからこうして土産を携えている訳で、ちょっと近道をしようと思ったら、こうして見知らぬ道に迷い込んでしまったのだ。一旦はそう納得しかけたのだが、その知人の名前がまるで思い出せない。そういえば知人の名前なぞ気にしたことはまるでなく、あるいは、一度も名を訊ねたことなどなかったのかもしれない。それでどうして知人と言えるのか。いやいや勿論その疑問は至極当然のことなのだが、こうして目を閉じて見れば、脳裏にはっきりと知人のにこやかな顔を思い浮かぶ。その顔はどこか蟇蛙に似ていないこともない。そういえば、その知人というのも先程の蟇蛙の声から自分が勝手に捏造したかのようにも思える。どうも頭がふらふらする。あるいは私はすっかり酔っ払ってしまっているのかもしれない。

 また蟇蛙がぐわぁと鳴き、その声につられる様に足を止め、改めて辺りを見渡した。薄暗かったので、まるで気付かなかったのだが、そういえば灯りが点っていないというだけで、細い道の両脇に立ち並ぶ家々にはどこか見覚えがある気がしてきた。そう、あの看板などは普段よく見かけていた看板の筈で、あの角のペンキの剥げ具合は確かに記憶にある。そうだ、ここは家のすぐ裏手の道だ。そう思うと、途端にこの薄暗さが不気味に思えて来た。人気のまるでないこの薄暗さは一体なんなのだろう。背中にいやな寒気が走り、急いで自分の家に向かおうと思うのだが、何故だかまるで見当がつかない。やはり自分は知人の家に向かう途中だったのだろうか。いや、そんな筈はない。ここは家の裏にある道の筈で、あそこの電信柱に貼られた広告には確かに見覚えがある。

 また蟇蛙がぐわぁと鳴いた。道は相変わらず薄暗い。私は蟇蛙がいる池を思い浮かべ、そういえばそんな池が家の近くにあったかもしれないと思う。



Copyright © 2003 曠野反次郎 / 編集: 短編