第9期 #11
学校から戻った緑は郵便受けを開け、 一通の葉書を見出した。
「何だろう、裏は真っ白だけど…って、紅君からじゃないの!」
紅は緑が想いを寄せるクラスメイトで、2メートルを越す精悍な体と、何事にも積極的に取り組む勇気と知性を兼ね備えた若者だった。その紅から直接葉書が届いたとなれば、緑は黙ってはいられなかった。
「どうしたの、緑?そんな顔を赤くして」緑の母が居間から顔を覗かせた。
「いや、友達から手紙が届いてね」
「でもそれ、裏真っ白じゃないの」母の一言で、緑は一気に現実に戻された。
「それなのよ、何で白紙の葉書なんて寄越したんだろう」
「あぶり出しじゃないの?火をかざすと文字が浮き出すって」
「あぶり出し?」緑は首を傾げた。「聞き慣れない言葉だけど…お母さん、試しにやってみてよ」
台所に入った二人は、早速コンロに火を入れた。
「これをどうするの?」
「炎の上にかざすのよ、あまり近づけると燃えるから、少し離してゆっくりとね」
恐る恐る葉書を火の上にかざそうとする緑だが、その手は火から離れゆくばかりだった。
「いややっぱり辛い。熱いし、火事も恐いし」
「何情けないこと言ってるの」母は緑の手から葉書を取り上げた。「手だけでなく、頭も使いなさいよ」母はパン用のトングで葉書をつまみ、火のそばにかざした。
「まだ何も出ないんだけど」
「まだまだ。もう少し炙らないと」母は構わず火にかざし続けたが、文字が現れるよりも先に火が葉書に燃え移った。悲鳴が上がったときには時既に遅く、葉書は黒焦げの炭と化していた。
「びっくりした…火事にはならなかったみたいだけど」
「うーん、やっぱりローソクの方が良かったかも」」
「それを早く言いなさいよ」緑は母の頬を軽く小突いた後、コンロの前に座り込んだ。「それより紅君の手紙、読む前に燃やしちゃって…きっと大事な話よねえ…」
翌朝、実験室でたまたま紅と二人きりになった緑は、おずおずと切り出した。
「あの、ご免なさい」
「緑さん、どうしたんです?」ピペットの掃除をしながら紅は訊ねた。
「昨日、紅さんから手紙を貰ったんですけど、あぶり出しがうまく出来なくて燃えてしまって。だから…」
紅は肩を震わせて吹き出した。「いやね、こういうのに正直に応えてくれたのは君が初めてだよ。君とはもう少しお話する必要があるみたいだね」
「紅さん…!」
胸に抱きつく緑に、紅は優しく応えた。
「水かけるのが正解だったんだけどね」