第9期 #10
私が看護士になってもう随分経つが、新人の頃から今に至るまで、常に扱いに困るのは点滴狂の患者達である。医師がお疲れのようですから充電しておきましょうと言うや否や、彼等は人が変わったように怒り出すのだ。
恥ずかしながら私の祖父もその点滴狂の一人であった。二十世紀生まれの祖父は医療行為は何事も苦痛を伴わなければ効き目が無いと信じ込んでいて、当然ながら充電は断固として拒否するのだった。
そんな祖父が私の勤める病院へ診察を受けに来たのは、祖母に先立たれて五年程経ったある日のことだった。体調がすぐれないと医師に訴える祖父の姿がやけに小さく見えたのをよく覚えている。祖父の奇妙なこだわりについては私が前もって伝えておいたので、祖父は点滴を勧められた。点滴のラインを確保するのに手間取って何度も針を刺されている間、祖父は窓の向こうを眺めて痛みを紛らわしているようだった。
両親と話し合った結果、独り暮らしをしていた祖父をしばらく病院で預かることにした。私がその事を告げても祖父は落ち込んだ様子も見せず、入院生活に積極的に馴染んでいった。点滴スタンドを引きずって歩く姿が病院内で話題となり、年配の患者の何人かが点滴を希望した。
本人は飄々としていたが、医師によると状態はあまり良くないとのことだったので、私は両親に病院へ顔を出すように連絡しなければならなかった。見舞いに来た両親も点滴スタンドを見て少なからず驚いたようで、在庫取り寄せで別料金か、と冗談めかして私に尋ねた。両親は祖父にそれとなく充電を勧めてくれたようだが、本人には全くその気はないようだった。
当直を務めたある晩、私は休憩時間を利用して充電を行っていた。今も昔も看護士は人数不足だが、充電が普及したお陰で肉体的には随分楽になったのだそうだ。そこに突然祖父がやってきて話し始めた。祖母は以前看護婦をしていて、よく点滴をしてもらっていたのだという。私は黙ってその話を聞いた。点滴にまつわる思い出を語り終えた祖父は、私の充電池を見つめて、自分を充電するよう私に促した。そこで始めて祖父が点滴スタンドを引いていないのに気が付いた。
それから間もなく祖父は亡くなった。充電のお陰か穏やかな最期であった。私は今でも、点滴をされたがる患者に出会うと落ち着かなくなる。何か只成らぬ思い入れがあるに違いないと、そればかり気になって仕方がないのだ。