第8期 #7

サラバ愛しき

 アザラシをつかまえました。
 きゅうきゅうと図体に似合わない可愛らしい声で鳴きます。お隣のジョンよりもかなり大きいし重いです。つぶらな瞳です。私は庶務課のアイドル吉良☆由衣さんを思い出しました。おかげでためらわずにナタを入れることができます。バンザイ。
 黙ってしまったアザラシの代わりにきゅうきゅうと口ずさみながら私は手早く解体に取りかかります。愛らしい胸ビレを削ぎ柔らかな腹を割きます。ずるずるっとワタを出して苦労してアバラを折ります。アバラは本当に固かったです。肉は真っ赤です。私はそれをきゅうきゅうと口ずさみながら短冊にします。ボドンとまな板に落して軽く叩きます。塩胡椒を塗りこみます。そしてさくさくっと一口大に分けます。血抜きをしましたがそれでもモノすごい血の臭いがします。
 ぺたぺたとアザラシのほっぺを宥めるように叩いてやると私は熱したフライパンの中へ肉を放り込みます。お中元に贈るような上質のサラダ油を引いたアツアツのフライパンです。アザラシの肉はじゅうと心地よい音を立てて焼けます。レモン汁とブランデーを加えさらに焼きます。やはりきゅうきゅうと口ずさみます。強火で焼き切ります。その間に手早くソースを用意します。
 アザラシの死んだ目が私をじっと見つめています。私はにっこりと微笑みかけます。けれどアザラシは笑いません。愛想のないやつです。私はゴロンと転がしてアザラシの体の向きを変えます。
 香草を添えてできあがり。はふはふっと頂きます。濃厚な肉汁がじゅるじゅるっと口の中に広がります。
 彼は何のために遠く旅してきたのでしょう。何のために? それを言ったら私は何のために生きているのでしょう。分かりません。私は会社をクビになりました。なんだかアハと笑えてきました。笑いは止まらず私は一人でアハウフフと笑い続けました。あんまり笑いすぎたので今度は泣けてきました。私は笑いながら泣いていました。そして結局食べたばかりのアザラシの肉をぜんぶ吐いてしまいました。勿体なかったです。
 味はワイルドでした。クセがあってゴムみたいに固くて量を食べるとしつっこいだろうけど何処となく昔懐かしいほろりとさせられる味でもありました。
 彼はなんで自分が殺されなければならないのかまったく分からぬまま「嗚呼オレ死ぬんだな」とも何とも思わず死んでいったんだろうなと思います。
 いつか私もそうなると思います。

 OK?



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