第8期 #16
あたし達は昔好きだった詩が何一つ思い出せなくなっていたことに気付いたので、取り敢えず自分達で何か一つ書いてやろう、ということになった。
各自にペンと紙が渡される。
「ルーズリーフなんて随分久しぶりに触ったな」
「黒のペン無いの? なんで俺だけ青なんだよ」
「ねえ、辞書持ってきてよ辞書」
あたしはソファの端に座り、ルーズリーフと油性の太いマジックペンを片手に考えた。
部屋の真ん中で誰も観てないテレビがちかちかと光っている。あたしはリモコンに手を伸ばしテレビのスイッチを消す。それと同時に誰かがテーブルの上のグラスを倒し、中身をぶちまける。コーラかペプシか。どちらにせよそれは黒く濁って見えた。チャイムが鳴る。誰か玄関に向かう。大量のピザを抱いて戻って来る。どこの家でもピザを食べる時は絶対に食べ切れ無さそうな量を注文するな、とあたしは思う。コーラ、或いはペプシの跡にピザは置かれ、皆はコーラ、或いはペプシを片手にピザを食べる。
「詩、どう?」
男の子があたしの隣りに座った。
「うん、そうね、なんだかあれよ」
あたしは彼にルーズリーフを見せた。
「美しい、って言葉しか出てこないわ」
彼はあたしが渡したルーズリーフをじっと見つめた。
「美しい、美しい、美しい」
「美しい世界へ」
あたしは彼に合わせて呟いた。
「良いんじゃないかなこれ。なんだか」
「なんだか?」
「なんだか遺書みたいで良いよ」
そう言って彼は立ち上がった。何処へ行くのかと尋ねると、帰る、と彼は言った。
「まだ終電があるからね」
「そう」
「まだ終電があるんだよ」
彼はもう一度そう呟き、一瞬だけ笑って部屋を出た。
誰かがもう飽きたのか、紙飛行機を作って飛ばした。じっとそれを見ていたがなかなか落ちて来ないのであたしは疲れてしまい目をつぶった。
目を開けると皆はもう寝ていた。あの名前も知らない男の子以外は誰も帰っていないようだった。床で寝ている。
あたしは立ち上がりカーテンを開けた。あたしの前に夜が広がった。
まだ夜は明けていない。
あたしはそのことにほっとし、そして同時になんでそんなことにほっとするのか、疑問に思った。
プラスチックと光で出来た風景は夜空を圧倒し、今日も美しく瞬いている。
あたしは不意に昔好きだった流行歌を思い出した。
(こんな歌が好きだったのか)
あたしは笑い、そしてもう誰も覚えていない歌を口ずさみながら、夜が明けるのを待った。