第8期 #15
「藁の敵兵すら突けんとは、貴様それでも共和国の軍人か!」
男は直立不動のまま、上官の罵倒に耐え続けた。
たかが藁を巻いただけの杭が突けないのである。男は今更のように自らを情けなく思った。祖先を殺し、陵辱、略奪した日帝への憎悪。それを銃剣に込めれば込めるほど、杭が人に思えて来て自然と急所を避けるのだ。
男は己の女々しさを克服するため、居残り志願して二週間、一心不乱に突いて突いて突きまくった。
その甲斐あって男は、ひと形を模した杭の急所に銃剣を突き立て、更には敵に扮した兵士にさえ、臆する事なく突進する事ができた。見事、男は己に打ち克ったのである。この程度は勇猛果敢な共和国兵士として当然であるが、日頃の臆病な彼を見知る上官や仲間達は、その努力を称賛した。
「資本主義に毒された日帝の連中は、ひ弱で腰抜けである。厳しい教練に耐えた諸君が銃を手に迫れば、怖気づいて失禁するであろう。自信を持てば必ずやこの訓練は成功する」
上官の訓辞に男の全身には大力と勇気が漲った。今回の実践訓練は離島とはいえ日帝領内に上陸し、証拠品を持ち帰るという本格的なものだ。
工作船を韓国南洋に碇泊させ、小型ボートで岸に近づき日暮れを待った。光栄にも一番乗りを任命された男は、暗闇にまぎれ魚雷型の潜航艇で上陸、物陰を利して前進し、ついに民家を視界に捉えた。しかし庭には何もなく、やむなく邸内に忍び込み証拠品を探す事にした。辺りは真っ暗で部屋の明かりだけが煌々と輝いている。
裏口から覗くと、土間越しに男の子が座っているのが窺えた。なにやらテレビに接続した機器を操作している。その時、奥の部屋から男の子を呼ぶような声がして、それに反応した彼はボールを追う仔犬よろしく廊下を転がり去った。
男は部屋に上がり込んだ。取り立てて裕福なうちでもなさそうだが、調度品や電化製品は贅沢な物が揃っている。男は証拠品として本棚の漫画をポケットに詰め込むと、子供の遊んでいた玩具に興味を持ち、操作盤を手に取ってみる。適当にボタンを押すと画面内の人間が動いた。更にデタラメな操作をすると、ライフルを発砲し、部屋を右往左往した末に隣部屋の扉を開いた。
「ぎゃぁぁ」
男は思わず叫び、駆け出していた。
玩具と思っていた物は精巧な殺人訓練のシステムだったのだ。しかもそれを子供が操作を……侮れず日帝兵士。
男は湿って股に張り付くズボンを摘みつつ砂浜を走った。