第7期 #20

トンネル

 薄暗さに慣れとっくりと目を凝らして見ると、トンネルの両脇には延々と鯨幕が続いていて、足元の細長い金属のようなものは予想通りトロッコのレールだった。私はそのレールに沿ってトンネルの奧へ奧へと進みながらよくよく考えてみるのだが、どうにも解らないのは路面電車に乗り込んだ筈なのに、何故このような場所にいるのかということで、途方に暮れるという程でもないが、いささかの気持ち悪さのようなものは感じていた。
 奧へと進むたびに、いや奧へというのもどちらが奧なのか要領を得ないので、便宜上奧へということにしているのだが、ともかく歩み続けるたびにトンネルの両脇に薄っすらとした灯りのようなものが燈り始め、というのもとっくりと眺めてみれば、そこにあるのは鯨幕がかかった壁に過ぎず何の光源もなかったのではっきりと灯りという訳にはいかなかった。そのよく解らぬ灯りと共になにやら生活のざわめきのようなものも聞こえ始め人の気配など微塵もないのに全く妙なもので、ちょいと耳を傾ければどうにも夕食時のひと時のように感ぜられるのだが、ここは薄暗いトンネルの中なのであって夕暮れ時の街中ではない。
 そうして私の頭がいよいよ可笑しくなってきたに違いないと思い始めた矢先に背後でレールの上をゴトゴトと走る音が聞こえ振り返って見れば、薄暗いトンネルの中をトロッコがこちらに向かってくるところで、いや、近付いてくるそれをよく見てみればそれはトロッコではなく、棺桶に相違なく、何故永延と鯨幕が続いているのか諒解出来た気がした。ひょいとレールから退いて棺桶を見送った先に、先程からのはっきりとしない灯りとは異なった灯りが燈っているのが見え、足早に近付いてみたならば、トンネルの壁を穿ったような格好で一膳飯屋があって、中に這入ると粗末な外見とは裏腹に粋な様子でビフテキなどがひどく安かったのでビールと共に注文して席に付いた。店の親父に顔にはどこか見覚えがあるような気がするのだがどうにもはっきりとしなかったのだが、ビフテキがそのひどく安い値段にも関わらず美味かったので気にせず食べ終えた頃に、ああ、近所の野良犬にどこか似ているのだと思った私の背後で、またゴトゴトと棺桶が通っていく音が聞こえた。



Copyright © 2003 曠野反次郎 / 編集: 短編