第62期 #3
夜の背中を裂き、私は羽化を果たした。はじめの記憶が、肺を満たす冷たい外気の痛みだった。困ったものだ。吸わずにはいられない空気が痛みを伴うなんて。私は呼吸を否定した。が、どうしようもない、私の身体は空気を渇望していたし、その都度浸入する痛みにじわじわと掌握されてもいた。私の心が抵抗する意志を少しずつ手放してゆくと、痛みは掌を返したように私の事を温かく迎えてくれるのだった。そして、闇は深くなった。どうしようもなく深いのだ、この闇という奴は。
私は歩き始めた。飾りにもならない、くたびれた羽を伸ばす場所を求めて。
墓場を横切ろうとしたが、墓守に呼びとめられた。
「あんた、そっちにはなんにもないよ。それより墓を掘ってくれないか。眠れない奴らがいて可哀相なんだ」
ここから見える限りの土地にびっしりと薄汚れた十字架が突き立っていた。その透き間を、それを上回る数の屍の群れが彷徨っているのだった。何という眺望!
墓守から鋤を受け取り、私は十字架と十字架の透き間に鋤を突き立てていった。私が墓を掘っている事を知ると、屍たちは私を取り囲んで、墓穴が深くなってゆくのを今か今かと物欲しそうに見つめるのだった。だいぶ深くなっていった。私が一息入れるために地上にあがると、待ちきれない屍の群れが一斉に墓穴に飛び込んでいったが、あっという間にこの深い墓穴は塞がってしまった。塞ぐのは簡単なのだ、この墓穴という奴は。寝床を失った残りの屍の群れは、いつどこで掘られるかわからない墓穴を求めて、またとぼとぼと散っていった。
「ありがとう。最近じゃ、墓を掘ってくれる奴もいなくなってな」
言いながら、墓守は私の掘った墓に土をかけていった。暖かそうだった。その屍たちが、下から私と墓守を見守っていた。厭な目つきだ。憐れまれているんだ、屍に。
闇が、相変わらず口を開けていた。墓守の言った通りだった。何もなかった。見たことがなかった、灯りさえも。絶望的なのは、見えないのに、進むべき道がはっきりとわかっている事だった。それは半端な希望だった。半端な希望ほど、闇夜を渡る者にとって危険なものはないのだ。進むべき道が、そのまま奈落へ通じていないと誰が言えるだろう。希望は失わせる、視力を。闇夜を渡るために必要なものを。が、どうしようもない。歩いてゆくしかなかった。脚か! 厄介なものがついているものだ。