第60期 #30

彼方

 カメを殺したことがあります。小学三年の時のことです。そのカメとは縁日で手に入れた小さなミドリガメでしたが、僕は嬉しさのあまり、余計にも日が当たるよう窓際に水槽を置いてしまいました。  
 数時間後カメはカラカラに干からびて死んでいました。
 思えば僕はシジュウカラも死なせ、オタマジャクシも共食いさせ、その他多くの生物も死なせてきました。友の骨を真っ二つに折ったこともあります。大きくなると、さすがに怖ろしくなったのか自ら生物には触れないようにしました。そのせいでしょうか、あり余っていた好奇心はいつの間にか萎んでいました。

 そのまま年を重ね気付けば僕は二十五歳になり、地元への異動が決まりました。
 僕は数年ぶりに祖母の家を訪ねました。両親は外国にいるので、親しい親戚は彼女だけでした。
「この金魚よく生きてるね」
 祖母は金魚を飼っていました。橙色が綺麗な金魚です。もう十年以上は生きています。
「そうねえ。でもおじいちゃんより長生きするとは思わなかったわ」
 奥の間に掛かった祖父の遺影はギョロっと出た目が特徴的でした。だからここにはデメキンがいないのでしょうか。
「あなたは、変わってないねえ」お茶を淹れながら、祖母は言いました。
「そう?」
「そうやって水槽を眺めてるとこなんかは、特にね」
「そう、かなあ」
そうやって生物を多く殺してきたのは、確かです。
「乱暴はもうしてないみたいね」
「やめてよ。俺がこっちに来たのも上司を殴ったせいなんだ」
「ええ、冗談でしょう」
「冗談だよ」
 まあ、という祖母の声を背中で受け止めながら、とんとん、と水槽の縁を指で叩いてみました。金魚はつかのま興味を示して、すぐにソッポを向きました。危険な人物というのは、本能で分かるのでしょうか。
 僕はごろりと仰向けに寝転びました。お茶を飲んだら少し眠ろう。目を瞑りながら、そう思いました。

 祖母が病に倒れたのは、僅か三週間後のことでした。そのまま彼女は息を引き取り、僕は数日間、何もする気が起きませんでした。ひょっとしたら自分のせいかと思うと、涙が出てきました。
 祖母の買っていた金魚は、処分されそうなところを奪ってくるような形で、今僕の部屋にいます。相変わらず愛想は悪いのですが、元気に泳いでいます。ドロップの空き缶に詰めた餌を撒いていると、水面に自分の顔が歪んで映りました。あれから僕は、生物に対して少しは優しくなれたのでしょうか。



Copyright © 2007 壱倉柊 / 編集: 短編