第58期 #16
人語を解する猫を飼っている。
さっきからさんざん僕の万年筆をこねくり回していたかと思えば、やけに低い声で「割れてしまえ、割れてしまえ、割れてしまえ、割れてしまえ」と呟いている。
なあ、気が滅入るからやめてくれないか?と声をかけると、すぐに静かになった。
振り向いて猫を見ると、黙ったまま僕の方をじっと見ている。
何か嫌な事でもあったの?そう訊ねると、猫は無言のまま僕の方へ万年筆を転がしてみせる。
後ろの部分が硝子でできていて、その中に小さな金魚がゆらゆら泳ぐ細工の施された万年筆で、もちろん金魚は生き物ではない。転がりながら、中では金魚がくるくるり。
ねえこれはさ、本物の金魚じゃないんだよ。僕がそう言うと、猫はつまらなそうな顔で「知ってるよ」と返す。
「だってさ、イライラするんだもの。動かす度にふらふらゆらゆらしてさ」
じゃあ、動かさなければいいじゃないかと思ったが、僕は黙って使っていた万年筆を彼に差し出す。ふらふらしたりゆらゆらしたりすることのない普通の万年筆だ。彼は満足げにひげをぴくぴくさせると、また熱心にこねくり回す。
代わりに、金魚の万年筆で今これを書いている。