第58期 #17

松の木のおじさん

 田舎の小学生三人の内一人が少し離れた県道沿いに池を見つけた。いつも定年後のおじさん達が池を囲ってフナ釣りをしている。三人も夏休みに入り、池で糸を投げるようになった。「俺王子だから王子池」と池を見つけた子が言い、三人の中で王子池で通るようになった。
 夏休みのある一日も、三人の内二人は王子池で釣糸を垂らしていた。池の名付け親はスパーまでお茶を買いに行っていた。日差しが強く風も強い日だった。一人が仕掛けを投げた時風にあおられ県道との間に並ぶ松の木に釣糸が引っ掛かってしまった。少年は竿をあおったが糸は取れず、どこに先があるかも見当がつかなくなってしまった。
 おじさんが一人来た。何も持っていないので釣りに来た人ではないようだ。「引っ掛かっちまっただか」おじさんは優しく聞いてくれた。少年はうんと答えた。木は両手で丁度持てる太さだった。取れるだかなと、おじさんは両手で木をゆすり始めた。わさわさと葉が鳴った。二人でおじさんとゆれる木を見ていた。「ほれ手伝え」おじさんは二人に声をかけた。引っ掛けた少年はそれを見ながら、糸はその木から出てているが正直針先は隣の木にあるようだと思っていた。しかしおじさんが言うから自分もついその木をゆらそうと、リールから十分糸を出して離れた土の上に竿を置いた。しかし、さて振り返るとおじさんが松の木を抱いて転がっていた。何が起こったかと、おじさんはゆすり過ぎて木を折ってしまっていた。もう一人の子がおじさんの向こう側で腹を抱えて後ろを向き顔を隠して笑っていた。先に置いた竿を見ると糸が切れていた。「取れたか?取れたか?」おじさんは木をどけて立ちながら少年の顔をのぞいた。少年はおじさんの顔に飲まれてつい頷いた。おじさんはそうかと言うと足早に去っていった。角を曲がって見えなくなると二人は共に声を出して笑った。もう木の糸のことは忘れてしまっていた。
 おじさんが行ってすぐ池の名付け親が帰ってきた。二人は何があったのか教えてあげた。名付け親は俺も見たかったなぁと悔しがった。
 そこにふと道路を見ると、先のおじさんが知らない顔で左から歩いていた。二人は目配せして名付け親に教えてあげた。引っ掛けた子は事件の犯人は現場に戻るというのは本当だなと思った。おじさんはそのまま道路のつき当たりを左に折れた。見えなくなると名付け親が道路に出て「弟子にしてください!」と二人の笑いをとった。



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