第43期 #23
決まった時間の決まった車両の決まったドアから乗り、入ってすぐ左手のポールに右腕をからませて絶対に動かない。二駅その地点にがんばってとどまれば、彼女に会うことができるからだ。
その日も彼女はそのドアから乗ってきて、私の胸に寄り添うかたちでうつむいた。さわやかなコロンの香りが、この陰鬱な朝の満員電車における一服の清涼剤だ。なにもいやらしい気もちではなくて、ただその芳香だけが毎日の楽しみなのだ。
しかし、この日はひとつ変わっていた。彼女のスーツの肩に、妙なもの――というか、どう見てもセキセイインコがとまっているのだった。
黄色い頭に緑色の体、そして羽根に黒いウロコのような模様のあるインコだ。それがキュルキュルとノドを鳴らしながら、彼女の耳にかかった髪をくちばしでもてあそんでいる。風切羽を切ってあるから飛べず、鼻が青いからオスだ。むかし飼っていたので、そのくらいのインコ知識はある。
よく聞いてみると、キュルキュルといううなり声のなかに、人間の言葉らしきものが混じっている。
「オイ、オイ、イイダロウ、キョウワカエラナイゼ、ニョウボウワジッカダ」
周囲から奇異の視線を感じる。かたや私の視線はインコのつぶらな目と合った。
「アイツトワカレルカラ、オイ、イイダロウ――」
そんなことを言いながら、小鳥は私のスーツのエリを伝って、肩によじのぼってきた。
「あの、これ」
と私が言うと、彼女は顔をあげた。
「あ、すみません」
「いえ。かわいい鳥ですね」
かわいい鳥は耳元で私を必死にくどいている。
「それ、わたしのじゃないんです」
「え?」
それっきりになってしまった。彼女はうつむき、電車はとまり、彼女はえしゃくして降りた。
「イイダロウ、オイ、キョウワカエラナイゼ――」
次の駅で私も降りた。インコの首から背中を、つつむようにやさしくつかむと、彼はようやく鳥らしい叫び声をあげた。とりあえず駅のロッカーにほうりこんでおく。
肩を見ると、ひとつフンがしてあった。黒っぽい部分が大便で、白っぽい部分が小便だ。そんなインコ知識を思い出しながら、帰りに鳥カゴを買おうと決めた。
翌朝、彼女はいつものように電車に乗ってきた。私を見て、えしゃくした。
「すみません……」
「いえ。あの鳥、飼うことにしましたよ」
「そうですか、すみません」
「名前は、『悪い上司』にしました」
「いいと思います」
「はい」
けっきょく、それっきりではある。