第43期 #21

上空

 北東の冷湿風を堰きとめる陣馬の山体から雲が涌き上り、白い雪を武蔵野陵に積らせる。雪のなかで昭和天皇は昏々と眠る。現人神だった彼が崩御した後に火葬されたなら骨が遺されたはずで或いはまた土葬であったとして白い骨は遺されている。その上空は常に青いのだが、青色が映りこみ、骨は仄かに青白いように思われる。

 御陵の所在地が多摩南西部の八王子市長房町であると知ったのは偶々僕が宅配寿司の仕事についていた為で、休憩中に賄いの赤身を醤油に浸し頬張りながら、眺めていた市域の住宅地図から探しあて、何故だかふと烈しい罪悪感に苛まれたのだった。御陵は参拝者が制限されていることもなく所在地は秘匿に扱われてなどいないが、何か不可侵であるものを遠い上空から偵察衛星によって不意に覗き込んでしまい狼狽したかのような、不可解な錯覚に囚われていた。

 四畳半に引き籠る日々とオートバイで寿司を運び続ける循環に追われて眼の端を疲労に歪め、赤い眼で眺める住宅地図はあまりに白く、配達先の老人が天皇のような神々しい笑みを湛えていたことに平伏したくなる気持で充たされて蒲団に潜り、蒲団の中で考えを巡らせたことといえば、御陵周辺の山々には新旧入り交じった複数の霊園が散在し多数の墓があり、各々が無数の骨を内包しているが許容量を溢れた分についてはその場所を離れ、白い骨から雲へ、また雪へと還流しているのではあるまいかと、そのような他愛もないことだった。雪が降り、無数の人が降り注いでは乾いていることになる。その乾いた土地にこれもまた白く乾いた皮膚の老人が天皇のような表情で平然と歩いている。僕は青白い顔と赤眼のままで白い蒲団に潜り、昏々と眠る。



Copyright © 2006 川野直己 / 編集: 短編