第41期 #27

カメレオン

 朝、目が覚めると瓶を抱いていた。
 寝床から起き上がり、その瓶を寝惚け眼で見てみると、それは一見普通のワインボトルのようだった。しかし透明のガラスではなく、真っ黒で不透明の瓶である。名前も少し変で、瓶の側面に筆記体で「カメレオン」と書かれていた。
 徐々に頭が醒めてきて、一体何故こんなものを持っているんだろうと疑問に思い、僕は昨日のことを反芻したが、どうもうまく思い出せない。恋人と喧嘩をした僕は、一人どこかの店で深酒をしていた。そんな記憶しかなく、どうやって家へ辿り着いたかも分からない。
 僕はそれ以上思い出すのをやめ、何気なしに「カメレオン」の封を切った。ぷんと葡萄の饐えた臭いが鼻をつく。グラスに注ぐと、普通の赤ワインのようだった。そっと口をつけてみると、やはりワインの味がする。なぁんだと思いつつ3杯程たいらげて、瓶を棚にしまおうとしたところ……何かがおかしい。先程までの「カメレオン」とは何かが違う。しばらく見ていると、その違いが判明した。真っ黒だった瓶が、青白く変色してきたのだ。僕は中身を出したのが悪かったのかと思い、市販の安い赤ワインを注ぎ足した。カメレオンはいきなりの異物混入に一瞬まだら模様と化したが、しょうがねえなといった感じで元の黒に戻った。僕はすっかり面白くなって今度は白ワインを混ぜてみた。するとカメレオンは怒髪天を衝いたように真っ赤になった。そして今度は少し高いワインを注いでやると、黄色や緑といった色鮮やかな変化を見せ、僕を楽しませてくれた。
 しばらくして、僕は恋人と仲直りをした。家に来た恋人に僕はカメレオンを見せた。すると彼女は開口一番「気持ち悪い」と言い放った。僕はどう反応していいか分からなかったが、彼女がひいているのを見て、「そうだよな」と言葉を合わせてしまった。その後、僕にとってカメレオンは特別な存在ではなく、ただの邪魔な瓶となった。
 ある日、彼女が旅行に行きたいと言い出した。資金が無かった僕は、この際カメレオンを売ろうと考えた。珍しいものだから、その手の店なら高く買い取ってもらえると思ったのだ。早速僕はカメレオンを棚から引っぱり出した。その瞬間カメレオンは僕の手から逃げるようにするりと抜け、落下し、割れた。赤い液体が溢れ出て、カーペットにじわじわと広がる。布でそれらを拭き取ると、布は赤紫に染まり、僕の手を濡らした。
 温度も色もひどく冷たかった。



Copyright © 2005 壱倉 / 編集: 短編