第41期 #28

灯台

 その灯台は、男の生まれ育った港町から遠くに窺えた。港町は活気に溢れていて、地方都市としては華やか過ぎるくらいだった。
 男は屋敷へ寄ると、本日この町の灯台に赴任する事を改めて両親に報告した。海運業で財を成した父はそれは名誉な事だと感想を述べ、男を誇りに思うと締め括った。男がこの町の灯台について尋ねると、両親はどうして自分達に尋ねるのか理解出来ないという顔をしていた。
 バス停留所で灯台への行き方を聞いて回る。誰も何も知らなかったが、隣町へ行く途中の深い森にある停留所で降りるのが恐らく一番近いんじゃないかという事だった。
 隣町へ向かうバスに乗り込み、しばらく経ったが、男以外の客は一向に乗って来なかった。車掌に尋ねると、この道は三百年以上も前から走る旧道で、地元の人間は灯台が出来た頃に通じたもう一つの道しか利用しないのだという。
 確かに停留所はあった。男は車掌に礼を言って降りると、辺りを見回した。鬱蒼と茂る草木に覆われて、バス一台分の幅の未舗装の道があるばかりである。まだ昼前だというのに、まして今日は雲一つない快晴だというのに、ここは夕暮時のように暗かった。右往左往して、ようやく叢に埋もれた小道を見つけた。森へ入るその道が灯台の方角に向かっている事を確認して、男はその道へ分け入った。
 少し入ったところで荒家が群れていた。どれも草木と一体化している。男は急に息苦しくなって来た。物音がして、草臥れた老婆が現れた。男と目が合う。男は灯台守の制服を着ていた。老婆は突然活気づくと、甲高い声を吐き出した。すると、荒家から老爺と老婆が溢れ出て来た。彼らもまた男を見て活気づいた。男は現れた老人達に不意に神輿のように担ぎ上げられると、軽々と森の奥へと運ばれて行った。
 森が開け、荒涼とした岬に聳える灯台が姿を現した。老人達は森と灯台との中間に男を降ろすと、一目散に森のあるところまで引き返した。
 そんなはずはないのに、夜になった。男の背後で老人達が一斉に息を凝らす。灯台が明滅を始めた。しかしぼんやりと薄暗く、闇が深くて灯台そのものが見えない。男は港町の方を見た。空が赤く燃えている。雲が渦を巻いている。
 灯台の方から誰かがやって来た。灯台守だという。男は自分が新しく赴任する灯台守である事を告げると、古い灯台守に導かれるまま灯台に消えた。
 礫が二人を追うが、闇に溶けた。



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