第41期 #21
信号機の三色を赤、青、黄色に決めたのはバックミンスター・フラー博士であったが、それではパンクの創始者は誰だっただろうか。ラモーンズで良いのか? と男は気になりだして、本棚に向かった。
男は一人で暮らしていた。娘が一人いるが一緒には暮らしていない。娘は片目だった。片目部隊の一員なのだった。あまねく総ての片目の人は、片目部隊に入らなければならない。数年前に世界中で身体が腐って溶けてしまう奇病が流行したあの時、娘は片目を失った。
その娘が今日休暇で帰ってくる。夕飯を共に食べようと思い、男はキッチンに向かっていたのだが、パンクのことが気になりだしてしまった。男は本棚に向かう。
男の家の本棚は立派なものであった。本棚に住んでいると言っても良いくらいに立派であった。三階まで吹き抜けになっていて、その壁一面にずらりと本が並んでいる。男は螺旋階段を昇る。上から手をつけるつもりだ。
「どこかな、パンクの本は。見つからないな。これか? 違うな」
手当たり次第に本を調べていく。
「ただいま」
娘は暮れかけた明かりの中、螺旋階段に座って本を読む父を見上げた。
「ああ。おかえり」
「最近は信号の青色が綺麗なのね。街中できらきら光ってた」
「青色発光ダイオードなんて開発したらしいからね。信号の青で金儲けを企むなんて。博士が聞いたら泣くよ」
「良いじゃない。綺麗で」
「ああ、この本も違うな。最近の本は全部こんなのなのかい? 全然駄目だね。なっちゃあいないよ。タイトルと、途中までは良いんだがなあ。オチが無いんだよ。何を言いたいのか解らないよ。途中までは良いんだがなあ」
「良いのよ。オチだとかきちんとしたお話だとか主張だとか整合性だとか、そういうものを人類は遂に諦めたのだから。そういうものを金輪際拒否することに人類は決めたのだから。それこそが人類の究極的な進化であり、リニアな思考からノンリニアな思考へ解き放たれることによって、ええと、なんだっけ。教科書読めば載ってるんだけど。とにかくそういうことよ。人類は救われたのよ」
「つまらないな」
「そんなことを言うと身体が腐るわよ」
「そうだね。まあ掛けなさい。ご飯を作ってあげよう」
男は階段を昇り、屋上へと出る。
屋上には小さな菜園がある。
昨日の風で、温室がめちゃめちゃに壊れていた。
良くあることだ。男は気にしない。きらきら光るガラスを器用に踏み分け、男は野菜を摘み始める。