第41期 #22

どうかしていたのであった

 生来の神経質故、兎角悩み易い。何処でも頭を抱える。今日等はふと気付けば洋式の便座で思案の底に落ちていたのであった。
 私は何に我を奪われていたのであろうか。はたまた見慣れぬ此処は何処の便所なのであろうか。斯様に莫迦気た疑問が脳裏に浮かぶ次第なのであった。ともあれ私は手を浄い鏡台の前で着衣を整え便所を出た。すると眼前に薄暗い小洒落た暖色系の店内装飾が広がってある。其処で漸く、私はタリイズコオヒイで喫茶していた事を思い出したのであった。
 席の場所を記憶していたのは勿怪の幸いである。迅速に洋卓に戻った。然し忽然としてこの席は本当に私が先程迄居た席であろうかという疑問が旭日昇天の威勢で擡頭してきたのであった。便所で忘我する程度の精神の人間が果たして直前までの自分の居場所を正確に記憶していられるのであろうか。万人の興味を牽引するに違いない重大問題である。私は尋常ならざる酷い焦燥を胃腑の辺りに覚えて戦慄したのであった。
 傍らの椅子には私の革の鞄があった。私は鞄から『歯車』の文庫本を取り出した。頁を捲った。栞がその合間にあった。銀座通りのくだりであった。私と同じ鞄を持ち同じ文庫本を読み同じ箇所に栞を挟んだ人間が世間に存在する確率は幾億万分の云々。私は身体に安心が波々と注がれるのを感じた。そして小説を数行拾い読めば、世に私以上の気鬱な奇人が居たのだと、更なる安心が私に強い酩酊を与えるのであった。芥川・モア・ザン・ミイ。呟けば多幸感が私を包むのであった。
 然し幸福は無残に毟られるのが世の必定であるらしい。私は洋卓上に茶碗が二脚在る不可思議を今更に発見したのであった。これ即ち私は誰かと同席していたことを意味するのである。誰が着席していたのであろうか。また何故いま、不在なのであろうか。再び斯様な記憶への懐疑が噴出するのであった。全く私はどうかしていたのであった。生涯最大の不覚とさえ思えるのであった。故に私が芥川の小説世界に思う存分溺し、現実からの逃避を目論んだとしても人間心理の当然の推移なのである。決して、誰からも非難され得ない願望なのである。
 私はこの薄気味悪い場所から退去することを決意していた。そうして茶碗の中に残存した冷たい琥珀色の液体を飲み干す最中である。
 そう言えば私は先程、此処で女に別離を切り出されていたのであった。


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