第41期 #23

死は見えずひたひたと

 夜中に急に小腹が空いたので自宅を抜け出してコンビニに行った。とても寒い深夜のことだ。
 先に漫画を立ち読みしたら夢中になってしまい、気付けばついに降り出した大粒のぼたん雪で外は真っ白。急いでピザまんを買ってかじりながら家路に就いた。
 と、歩道で足跡とすれ違った。
 歩道に並ぶ街灯のちょうど中間で、振り向くとその足跡だけが白い新雪の上、さくさく、さくさくと遠ざかる。もちろんその場には誰もいない。スポットライトのような街灯の下、歩幅も小さくさくさくと足跡だけが生まれている。
 ぶるっと寒気を覚えたのでさっさと帰ろうと視線を外したとたん、どさりと音がした。
 再び振り向くと足跡の先で人が倒れた跡があった。その中心の雪は白くない。同時に別の足跡が走って逃げる。姿は見えない。俺も怖くなってその場から逃げ出した。
 翌日、クラスでは地元で発生した殺人事件の話題で持ちきりだった。
 場所は昨晩の街灯の付近で、刺されたのは女性。時間もあのころだ。
 俺は犯行を見たことになるが、実際には何も見ていない。なぜ見えなかったのか考えていると、犯人らしき男が自室で首吊り自殺しているという情報を聞いた。確かあの時、姿は見えなかったが逃げる足跡は見えた。つまり、理屈はともかく死を間際にした人が見えなかったということだろう。
 数2の授業中そんなことを考えていると、教師が七原瑞穂に黒板の問題を解くようにと名指ししていた。内気で思い込みの激しい女子だがしかし、七原はきょう姿を見てないぞ。休みじゃないか。
 じっと七原の誰も座っていない席を見ていると、返事こそ聞こえなかったが確かに席はがたがたと後ろに動き、すたすたと足音が響いた。クラスの視線が黒板まで追うと、チョークが浮いてカツカツとひとりでに方程式を書きはじめる。
 これはまずいと休憩時間、七原は目の前にいるかと他のクラスメートに間抜けなことを聞きながらも、「きょう、もしかしたら死ぬぞ。気をつけろ」と忠告しておいた。

 翌日、七原が自宅で首を吊って自殺したことを知った。
「七原相手に真っ青な顔してあんなことをいうからいけないのよ!」
 気丈な女子がそう言って俺を責め立てる。親切で忠告してやったこの俺が悪いのか? 責める言葉が重くのしかかる。
 真っ青な顔なんかしてなかった、いーえしてました、一体どんな顔だよ、こんな顔よ。目の前に手鏡が差し出された。
 俺の顔は映ってなかった。



Copyright © 2005 瀬川潮 / 編集: 短編