第4期 #3

強盗

 さて、その強盗は私を縛り上げて布団の上に転がして『金目の物はどこだ』と書いた紙片を突きつけました。いえ手書きではなくパソコンで打ち出したようなゴシック体の文字でした、一言も口を聞かず、また野球帽に黒いサングラスで、顔の下半分を布きれで隠していたので私はもしかしてこいつは顔見知りだろうかと思ってみたりもしましたが、知っている人間であろうとなかろうと恐ろしいことに変わりはなく、それは手に握られた刃渡り七、八センチの折り畳みナイフがどうこういうのではなく、それよりも何よりも部屋に忍び込んできて掛け布団の上から乗りかかってきたときのずんとした重みや、硬直した私の真上に落ちる影の大きすぎたことや、手首をぐいと掴んだその手が私の手首を一回りしてもまだ指が余るほどだったことや、それから私を縛り上げたときの腕の力や、そんなようないろいろなことすべてが、何というか圧倒的な力の差などと言うと表現が陳腐にすぎますけれど、それでもとにかく生理的本能的根源的に、ただただ恐ろしかったのです。
 それでも私は、金も金になるような物もうちには一つもないという意味の事を言ったと思います、けれど強盗は諦めてくれませんでした、更に私にぐいぐいと紙を押しつけて迫りましたがうちには本当に何もなかったんです、だってバイトの給料日だってまだ五日も先のことで通帳の残高はほんの三桁で、そもそもうちに金があるかどうかなんてアパートのボロさを見てわからないのかと、もちろん口には出しませんが頭の隅で考えていました。まだ隣の部屋のおねえさんの方が私よりは強盗にとってはいい獲物じゃないかと思うほどで、これは想像ですが、どこから見ても水商売をしているような一種独特の空気をまとった彼女なら、畳の下か米櫃の中か、まあどこでもいいですがお金か何か隠していると言われても私は信じます、でも私はだめですうちには何もありません、傍からは気楽な大学生に見えたかもしれませんが家からの仕送りがないのでかつかつの生活なんです。
 でも強盗は納得してくれなくて、部屋を散々に荒らしてなけなしのダウンジャケットと時計と、それから本当にどうしようもなくなったときのためにと小さく折り畳んでおいた五千円札の入った財布までも持って行ってしまったので、それで私は本当に何もなくなってしまって、それであなたの家に押し入ってこうしてあなたを縛り上げているんですすみません。



Copyright © 2002 黒木りえ / 編集: 短編