第4期 #2

命のともし火

 吹雪は数日に渡り、山小屋に閉じ込められた登山隊の食料はすでに尽きていた。
「もはや誰も生きて明日の朝を迎える事はできないだろう。ここにビデオカメラがある。みんなそれぞれの家族にメッセージを残すことにしようじゃないか」
 隊長が提案した。さっそく順番にカメラが回され、ひとりずつメッセージを記録していく。ところが最後の青年がそれを拒絶した。
「最後のお別れなんだよ」
 隊長が穏やかに言葉をかけたが、青年は寂しそうに微笑んだ。
「実は僕がこの登山に参加したのは、途中で別れて自殺するためでした。皆さんと違って、僕の人生には何も良いことはなかった。信頼した人には必ず裏切られるし、試験と名の付くものはことごとく落ち、やっと会社に就職すればすぐ潰れてしまうとうありさま」
「不幸な人生だったんだね」男たちは心から同情した。
「しかし、最後にメッセージを贈る家族とか愛する人とかいないのかね」
「誰もいません、僕はどこまでも天涯孤独な男です」
「友達もか?」隊長はさらに尋ねた。
「ううん、どうしてもとおっしゃるのなら…となりの部屋の京子ちゃん、いつも夕食を作ってくれてありがとう」
「なんだ、ちゃんと女友達がいるじゃないか。それとも恋人かい?」
 瀕死の男たちの緊張した顔が少し和んだ。
「別に愛しているわけじゃありません。そのくらいなら…スナック逢引の里見さん、いつもデュエットありがとう。喫茶店のレイちゃん、いつもコーヒーおごってくれてありがとう」
「君、結構もてるんじゃないか」
 誰かが口を挟むと、他の誰かが笑い声で答えた。
「まあまあ、別に肉体関係があるというわけじゃないんだから」
「いや、ただの肉体関係にすぎません」
 事もなげに言い放って青年は続けた。「もうちょっといいですか?」
 男たちは黙って頷いた。
「では……コンビニのしおりくん、いつも避妊具わけてくれてありがとう。ダンサーの昌子さん……」
「おい、まだ続くのか」
 青年のメッセージはさらに続き、それを聞く男たちの顔は徐々に元のように暗く沈んでいった。
「君はやっぱり死んだほうがいいかもね」
 誰かがぼそりと言った。

 こうして、雪山の登山隊は驚異的な生命力でその後何日も生き抜き、ひとりを除いて全員が無事救助された。
 後にインタビューにこう答えた者がいる。
「俺たちにはまだまだやり残したことがあるんだ、糞ったれ!」
 彼らにとって、その希望が一抹の命のともし火だったようだ。



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