第4期 #1

わらびもちを買いに

 わらびもち つめたくて おいしいよ
 わらびもち わらびもち
 あまくて つめたくて おいしいよ
 わらびもち わらびもち
 はやくしないと いっちゃうよ

裏通りを走る葉の頭の中を、単調な歌が延々と流れ続けていた。

思えば夏休みのある日だった。宿題の手を休め、部屋から窓の外を見た葉は、その歌をスピーカーから鳴らし続ける、一台の小さなトラックと、その運転手と話をしている母の姿を見た。母は家に戻ると、トラックから買ったとみえる2つのパックを葉に見せた。
「これはわらびもちと言ってねぇ、冷たくて美味しいのよ。こういう風に黄粉を付けてから食べるのよ」
その日から、葉の一番の好物はわらびもちになった。歌とともにやって来るトラックは、来る日の間隔も時間帯もまちまちだったが、葉にとっては一番の楽しみだった。

そして今日。急に熱を出して寝込んだ母の為に、葉はわらびもちを買ってこようと、近所を探し回っているのだった。隣のコンビニでジュースや風邪薬を買おうという考えは無かった。あのわらびもちでなければ。あの美味しいわらびもちなら熱も直ぐに治まる。そんな考えだけが葉を動かしていた。しかし、あの気まぐれなトラックを見付けるのは殆ど不可能だった。それに最近そのトラックが通るところも見ない。手がかりは最早皆無だった。そう気づいた時には、ピンク色の夕焼けが空を染め上げていた。
諦めて家に帰ろうと思ったとき、小さい工場の前で、葉は見覚えのある小さなトラックを見つけた。そこでは一人の青年が荷台の上で忙しくしている。
「あのぅ、わらびもち、ありませんか」葉はおずおずと青年に尋ねた。
「御免ね、今年はわらびもちはもう終わりなんだ。明日から石焼き芋売りになるんだな」
葉は今までの苦労が無駄になったことを悔やんだ。「折角、母にわらびもちを買って、元気になってもらおうと思ったのに」
葉の様子から、青年は何かを思い当たった。「そうだ、これを持って行きたまえ」そう言って、青年は焼きたての甘藷3本を新聞紙で包み、葉に渡した。「風邪を引いたというなら、体を温める焼き芋の方がいいからね。あっお代はいらないよ、まだ営業前だから」

こうして、葉は一足早く手に入れた石焼き芋を両手に抱え、家路へと急いだ。
「そうそう、明日から営業始めるから。楽しみにしていてくれ」青年の宣伝の声に、葉は手で挨拶した。
厳しい冬を予感させる、秋風の強い日のことだった。


Copyright © 2002 Nishino Tatami / 編集: 短編