第37期 #2

現在


 私はそこに入る。小さな箱の中へ。手足を折り、背を丸め、顔をできるだけ胸に引き寄せるように首を曲げる。小さな立方体の中へ。バタンと扉を閉められ、閉じ込められる。私は小さな箱の中に。暗闇の中に、苦しく蒸し暑く窮屈な姿勢も、長く続けていれば、気の遠くなるほど長く同じ姿勢をとれば、その苦しみもまた、不思議と心地よく感じてくるものだ。楽しいかと問われれば、自信を持って楽しいと言えるわけではないが、しかし悪くはないのではないか、とも感じている。他人に勧めたりしようとは思わないけれども、これはこれで、なかなかではないか。こういう生活もあなたの生活とそう違いはないのではないか。
 私を入れた箱は持ち上げられ、移動を始める。どこへ向かうのか、だれが運んでいるのか、量り知ることはできないが、おそらく神に似たものであることは明らかだろう。なぜなら、そのものは箱の外から常に私に語りかけてくるからだ。私は、ゆらゆらと、おそらく空中を揺られながら、その声に耳を傾ける。
「望め、望め。自由を望め。その哀れな姿を恥じよ。その箱から出なくてはならない。その惨めな姿を。その悲しい姿を。決して満足してはならない。自らの足で歩け、自らの手で掴め、自らの声で話せ。閉じ込められた箱を破壊せよ。望め、望め。自由を望め」
 神は、あるいは神に似たものは私に語る。そうだ。私はここから出なくては。この苦しく哀れで惨めな悲しい境遇を打ち砕き、自らの手で人生を切り開いていかなくてはならないのだ。ぐらぐらと揺れ、どこかに運ばれていく小さな箱の中に、私は手足を折り、背を丸め、顔をできるだけ胸に引き寄せるように首を曲げて、入っている。こんなことが許されてよいわけがない。たとえ、自分の意志で箱の中に入ったとしても。
 私はナイフを手に持っている。それを握りしめ、箱に突き立てる。すると箱は激しく振動し、甲高い悲鳴が耳を貫く。箱は落ち、私は背中を打ちつける。
 血まみれになった箱を切り裂いて、私は外に出る。箱はまだ激しく振動し、血を噴き出している。そばに神に似た小動物が震えながらこちらを見つめている。まるで怯えているようだ。そして言う。
「さあ、これがおまえの望んだものだ」
 腹が空いている私は、神に似た小動物を踏みつけて殺し、それを食らう。外は寒い。こんな世界はまっぴらごめんだ。箱が必要だ。私には新しい箱が必要なのだ。



Copyright © 2005 逢澤透明 / 編集: 短編