第37期 #3

本日は晴天なり。

小学生のころの、夏休み。僕らはただ、灼熱の太陽に身を焼かれて、無邪気に遊ぶ事が常だった。とくに、近所の田んぼにいる田螺やら土壌やらは、僕らの獲物。ペットボトルで作った罠に引っかかる土壌を、僕達は喜んで獲っていた。
疲れれば、駄菓子屋へ行って、10円のアイスクリームを買った。それが死ぬほどおいしかったことを、今でも覚えている。当たり・はずれがあり、当たりならもう一本もらえるというものだった。
「あかん」
「なんや、けんちゃん」
「10円持ってくんの忘れてもうた」
「アホ」
「あーくん、あと10円持ってへん?」
「持ってるわけあらへんやろ」
「よしおは?」
「持ってへん」
けんちゃんの家は貧乏だった。『忘れた』ということを口実にして、彼はいつもアイスを買えないでいる。僕はいつか、けんちゃんに大量のアイスクリームを買ってあげたいと思っていた。
 ある日、いつものように僕らは駄菓子屋に行き、アイスクリームを買った。
「はずれや」
「ここのアイスが当たるわけないやろ」
この駄菓子屋のアイスは、当たらないことで有名だった。通称『はずれアイス屋』とも呼ばれるほどだった。
今日もけんちゃんは忘れたと言って、アイスを食えないでいた。
「けんちゃん、アイスクリーム食ったことないんやないの?」
僕は彼に訊いてみた。今思うと大分失礼な言葉だと思うが、けんちゃんはなんの抵抗もなく答えてくれたことを覚えている。
「せやなあ。一度でいいから、はずれアイス屋のアイス、食ってみたいわ」
へへッと彼は無邪気に笑って、僕の舐めているアイスを愛しそうに見つめていた。
「あげへんよ」
「お前の舐めたアイスなんて食いとうないわ」
僕は心に決めていた。明日、父からの小遣いで30円をもらえる。彼にアイスを買ってあげよう。けんちゃんの、アイスを食べて笑う姿が見たい。明後日はけんちゃんの誕生日だった。

はずれアイス屋が閉店したのは、僕が心に決めた次の日だった。主人のおばあさんが死んだらしい。急性の心臓発作が原因だった。
けんちゃんは結局、はずれアイス屋のアイスを食べることはなかった。けんちゃんは悔しそうに店の前に立ちながら、唇をかみ締めていた。
あれからもう、50年が経つ。けんちゃんが死んだ、という知らせが僕の元に届いた。享年63歳。今になって、アイス屋のバニラアイスの味が蘇った。

本日は晴天。孫を、田んぼに連れて行った。
帰りに、105円のアイスを買ってあげた。
 
 
 




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