第37期 #4

ホールド・アラフト・ヘイローズ

 電話が鳴った。
「スルドの始末をしくじったわね。あなたのこの失敗により組織はヴィーンらにミギィ調査書を引き渡すこととなったわ。そのほかに組織の経済的な被害は推計50万ドルのぼる。従って、組織は見せしめにあなたの処分を決定した。LA中央公園で私に殺されなさい。では、あなたに心の平穏を。さようなら」
 電話は切れた。
 
 彼はLA中央公園喫茶へ向かう。
 公園内に人は疎らで、時折親密な距離を保ちながらジョギングする二組の男が彼の前を通るだけだった。
 彼は給仕が持ってきた紅茶を口に含む。ここ数日まともな食事をとっていないがまったく腹は減っていなかった。
 やがて、彼の前に一人の黒服の女が現れる。処刑執務者は組織の慣例に従い、どのような場所でも黒服と拳銃を持ってやって来る。そして、処刑執務は組織成立からずっと一人のある女が担っていて、その女の名前は死神のように噂されていた。その美貌と若さは40年以上衰えることはない。目の前に現れた女もそのような女だった。
 女は彼が座る席の対面に音もなく腰掛ける。そうして、彼の本名を口にしたあと、訊ねた。「言い残すことはあるかしら」
「特に。強いてあげれば、窓際で育てていたサボテンのことが」
「いつから育てているの」
「母親が殺されたときからです」
「6年前ね。母親の敵を討ちたかった?」
 彼はそこで乾いた喉を鳴らす。「この仕事をしている連中のうちに、そんなこと考える奴は一人もいないですよ」
「それもそうね」
「人を殺していくうちに、結局何もかもがそうであるか、そうでないかの違いでしかないように思うようになる。考えるのではなく、ぼんやりとそう悟っていく。照明のオンオフを切るように、」彼はそこで言葉を切った。「後5分くらいでゲイのカップルが周回して向こうから見えてきます」
「そう。いまの心境はどんな感じかしら」
「悪くないね」
 彼は言う。
 女は袂から重々しい拳銃を取り出すと、白い布で拭った。それから、手鏡で背後左右を確認すると引き金を絞った。銃弾は彼の心臓を寸分疑うことなく撃ち抜き、背もたれに挿まれたクッションに柔らかに包み込まれた。硝煙は静かに立ち昇り、上空でさまよってそのまま魂のように消え失せる。
 女は彼の亡骸を横切るときに瞼を閉じさせた。そうして、何の痕跡も残すことなく立ち去っていく。
 その四分後、二人の男のカップルが死体を発見し、あたりは穏かな喧騒につつまれる。



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