第33期 #28
夢の中で、時雄は幼い娘の手を引いて歩いている。
しだいに不安が兆して来る。今年二十四になるはずのかな子が、三つ四つの幼児の姿になっている。それでいて自分は、くたびれた中年すぎの貌のままだ。
向うから若い巡査が来て、呼び止めた。
──失礼ですが、そのお子さんは……?
──娘ですよ。私の。
平然を装って答えたが、相手はなお疑わしい様子である。
──証拠がありますか?
──何を言うんだ、父親が確かにそうだと言っているのに……。
証拠は、なくはない。
かな子の右の内股には、蝶が羽を広げた形をした紅痣がある。毎晩風呂に入れてそれを見知っているのは、自分しかいないはずだ。
しかし、巡査に向かってそれを口にするのは、なぜか憚られた。
返答に詰まっていると、巡査はいよいよ疑いを深めたようである。
──とにかく一緒に、署まで来てもらいましょう。このごろ、連れ去り事件が多いですからな。
いつの間にか、幼いかな子は巡査の腕に抱き取られて、花の咲くような笑顔であった。取り戻そうとしても、後ろから羽交い締めにされたように、動けない。
「時間ですよ、あなた」気がつくと、妻のみえ子の顔が、視界にあった。
「なんだ、お前か……」
時雄が朝食の席につくと、妻と娘はふっと話しやめ、緊張した空気が流れた。ここ三日、ずっとこうである。
三日前、かな子が、黒木という青年を夕食に連れてきたのは、時雄にとっては青天の霹靂であった。話は薄々感づいていながら、彼は露骨に不機嫌を表し、一人で飲むだけ飲んで、さっさと寝てしまった。
以来、冷戦状態がつづいている。
トオストを二つに割りながら、時雄はかな子にさり気なく話しかけた。
「昔、お前の内股に、あざがあったな……きれいな苺いろの」
「何よ、いきなり」
「あれは、まだあるのか」
「嫌ね、どうしてそんなこと訊くのよ」
「いいから、どうなんだ」
「あるわよ……ずいぶん薄くなったけど。大人になって、皮膚が伸びたから」
思いがけず恥じらいを見せた娘の表情から、時雄はある確信を受け取っていた。かな子は黒木に、まだあの痣を見せていない。いや、黒木だけでなく、どの男にも。
「黒木君と言ったな、この間の彼」
「そうよ」
「今度の休みにでも、また連れて来るといい。話は、その時に改めて聴こう」
「……うん」
一瞬、母親と視線を交わしたかな子は、柔らかに微笑んでみせた。夢の中でみた幼い娘の表情を、時雄はおもい出した。