第33期 #29
ロボットは扉をあけた。テラスのおもて石畳の上を、コツン、コツン、コツンと、規則正しいリズムで歩いた。それからロボットは、バラの垣根をくぐり抜け、青い芝生へ足を踏み入れた。コーンネル社製の最新式P3型アクチュエータがアセンブルされた2足は、春風にあおられてたじろぐふうはなく、毎秒1mの速度で(とちゅうクローバの茂みは避けて)芝生を横切っていった。その先にある母屋 − 彼女のいる部屋に向かって。
左手にはラヴ・レター。バイロンから引いてきた/あなたのために世界を失うことがあっても〜/のフレイズ。
愛について。
ロボットはそれが演繹可能なものか、帰納法により導かれるものか、分からなかった。レターを掴むちからが、卵を掴むちからと同じくらいとは知っていたけれど、ラヴを掴むちからが、バイロンのちからで足りるかどうかは、分からずにいた。ロボットはおかしことに彼女を愛しているかどうかも、分からなかった。
ロボットはいつでも、自分は愛を見つけられないと考えていた。ちょうどこのバレーボールコートくらいな大きさの芝生のどこにも彼女はいないように、愛はないのだった。あるとすればそれは母屋の部屋のなか。あるいはバイロンの言葉のなか。(だとしたら、もしや彼女が、愛を見つけてくれるかもしれない。)あるいは卵と一緒にわたせばよいのかも? (でもこちらの可能性は低いだろうと、一応の結論を付けた。)あるいはぜんぶが愛だった? だからセンサーに何も引っかからないというのだろうか。一見スマートな考え方のようでこれは、ひどく暴力的だった。観測不可な概念を持ち込むことは、ロジカルな思考空間を指向するロボットにとって危険行為に等しいものだった。だから愛は、やはり、まだ見つけられていないどこかにあるのだ。ロボットはそう判断した。そうこう、母屋まであと半分ばかりきたところで、風がやんだ。
彼女は午睡の最中かもしれない。
ロボットはふとその可能性について思いをめぐらせた。そのため頭部にあるマイクロプロセッサの温度がわずかに上昇した。ロボットは制御系を安定させるため立ち止まった。そこに、宙を舞っていたミツバチが近づいて、ロボットの頭に止まり、また飛び去った。その軌跡は、ある閃きをロボットに与えたが、それがどういったものであるか理解する前に、2足は再び動き始めた。ロボットは芝生を斜めに歩いてゆく。左手にはラヴ・レター。