第33期 #25

心臓

 気付けば身に覚えのない災難ばかり。例えば母親が大量の捨猫を拾ってきて家が猫で溢れる。例えば父親の借金の清算を求められる。あと彼女に貴方には心臓が無いと言われる。
「心臓取り戻してきて」
 俺が彼女の隣で寝ている時、数人の子どもが群がってきて心臓の真上に白刃を突き立てた。それからゴリゴリと胸板を切り開き心臓をごっそり盗んだらしい。彼女はその顛末を見物していたらしいから、最中に教えてくれても良さそうなものだが。
 然し愚痴を言えば叱られる。已む無し俺は心臓捜しの旅に出た。心臓が無いぶん体は軽快で、心は何処か浮かれ気味。時折道端に猫を見つけては気紛れに餌をやって、手慣づけたりもした。母親のお陰で猫には万事、慣れている。そのうち俺が歩く後ろを猫が大行列するようになった。それが話題になり町で一番の商人で名士に気に入られた。名士が言う。
「貴方は嘘の無い人だ」
 心臓が無いんだよ。名士は是非にと、俺を町の外れの草原の、一面見晴るかす限り豊かで滑らかな草原の、素敵な酒宴を紹介してくれた。
 草原の真ん中に白い大きな布が広げられ、その上で美男美女たちがこれまた真っ白な衣装を身にまとい、葡萄酒の瓶を片手に何がそんなに楽しいのか、から騒ぎ。
 太陽の真下で生きる陽気で狂気な人間どもだ。実に羨ましい。俺もああ成りたい。成れないのは心臓が無いからだろうか。急に、切実に、心臓が堪らなく欲しくなった。俺も正常に脈打ちたい。
「奴らの心臓売れ」
 酒宴から離れた所で俺は名士に言った。
「無理です」
 名士のくせに気前が悪い。俺は突然激しい怒りを覚えて頭を掻き毟った。両手を目の前に力いっぱい突き出した。そもそも父親の借金で金が無い。でも欲しい欲しい心臓が欲しい。
 俺は草原へ駆け出して行って白装束の女を引き倒して胸を肌蹴させたが、周りの奴らに取り押さえられる。
「いいじゃん心臓くらい」
 心臓が欲しいと告げると白装束の男が答えた。
「でも貴方、心臓あるよ」
「馬鹿な」
「ほら」白装束が俺の胸に耳を近づけた。「どくどく確かに鼓動が聞こえる」
「そっちの心臓の音が跳ね返って聞こえてるだけだ」
「しょせん心臓なんてそんなものでしょ?」
 男が薄ら笑いを浮かべて答えた。
 余裕だな。
 白装束たちは俺を無視して再び酒宴を始めだし、相変わらず葡萄酒は口からこぼれ放題の白い衣装は滅茶苦茶の汚れまくりで楽しそう。ああ奪いたい。



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