第33期 #26
幸平が泉から湯を運ぶ道中、大人達が「転がし」をやっていた。ただ崖淵に立って何かを放り投げるだけの事を、大人達は何故か至極真剣にする。煙る雪に黙々と動くシルエットは、近寄り難い威厳を放っていた。
「ねえねえかあちゃん、コロガシってなあに?」
「子供は知らなくてもいいの」
幸平は湯で体を洗っている母の丸みを帯びた全体に見惚れていた。
「湯気が逃げるから閉めてちょうだい」
幸平が以前風呂場で母の陰部をまさぐってから、母は体を洗う時や排泄の時に幸平の居所を意識するようになっていた。幸平は母が傷ついたのを感じ取ったので、それ以来陰部にだけは目を向けないようにしていた。
「おいこうへい! まもるがいぬのしたいみつけたって! いこうぜ!」
ばほばほと白い息を弾ませた卓也は湯の音を聞くと立ち止まった。
「おばさんふろはいってんの?」
「もうだめ」
しけった舌打ちをして卓也は走った。
幸平が追いつくと、そこには卓也を含めた級友が四人、輪になって足元を見ていた。
「なあ、さとこ、こいつおまえんちのシロだよな」
「なんとかいえよ」
「やめてよ、それよりはやくうめてあげなくちゃ」
美代子が黒い子犬を抱き上げると、隣にいた里子は声を上げて泣き出した。
そのどさくさに子犬を奪った卓也は、衛に声をかけて崖の方へ駆けた。
いよいよ大きく泣き出した里子をあやす美代子にじいっと睨まれて、幸平は仕方なしに卓也と衛を追った。
「このいぬ、なげようぜ」
卓也は幸平の息が静まるのも待たずに、転がしをやると言い出した。
一呼吸あってから衛もはしゃぎ出したが、幸平は黒い影がゆらゆらと動く光景が蘇って来ていてさすがに震えた。
「やろっかな……どうしよっかな……どうしようかなあ」
あっという間だった。幸平の好奇と恐れの小競り合いに愛想を尽かした卓也は、ひょいと子犬を放った。黒い影は雪煙の奥に潜むより濃い影の中で溶けた。
その瞬間、幸平は小便を少し漏らしながら、体中に強烈などきどきが走ったのを覚えた――この感じを再び思い出すのは、後に美代子の中に射精した時だった――そして、母の陰部を触った罪悪感から解放されたような気がした。
卓也と衛と幸平は、吸い寄せられるように見つめ合うと、途端に声と雪を立てて舞い始めた。