第33期 #22

大きな魔法のじゅうたん

 定期を見せて改札を走り抜け、ブランコに飛び乗った。あわててシートベルトを締めると、出発のベルが鳴り、ブランコが小さく揺れて、ゆっくりと動き出した。手すりにつかまって、息を整える。
 買い物袋の中を覗き込むと、卵はどうやら割れていないようだった。よかった、また私のぶんのおかずが減るところだった。
 眼下ではゆっくりと景色が流れていく。ベージュ色の、まるでじゅうたんのような地面は、どこまでも広がる。

「世界はでっかいじゅうたんなんだぜ」
 キイチはそう言っていた。
 この世界がどういうものかなんて、誰もはっきりとは分かっていないのだけれど、よく言われるのは、世界はボールみたいに丸く、ずーっとまっすぐ歩いたらいずれ同じ場所に帰ってくるというものだった。そしてその丸いのにも二種類あって、球体の内側に私たちがいるというものと、外側に私たちがいるというもの。けど、そのどちらの考えも、私にはしっくりこなかった。内側にいるとしたら、上のほうから人が落ちてきそうな気がするし、外側だったら、すぐに滑り落ちてしまいそうだ。
 確かにこの地面はじゅうたんにとても似ていて、だから世界がじゅうたんだというのは昔からよく言われていたらしいのだけれど、今の時代にそんなことを本気で信じている人なんて、めったにいない。
 学校を卒業してから、キイチとは離れ離れになってしまって、もうそんな話を聞くこともなくなった。ぜんぜん連絡もとっていないけれど、世界のはじっこを見つける旅に出たといううわさは聞いた。

 買い物袋をかかえて公園に寄った。今日は日の過ぎるのが遅いようで、太陽はまだ斜めうしろにある。きれいに草を刈った地面に腰をおろすと、そのやさしい感触が心地よい。まわりに人もいないので、寝転がってみた。
 見上げる空には、白い雲がゆっくりと流れていく。そうしていると、本当に、じゅうたんに乗って空を飛んでいるような気がしてくる。世界は魔法のじゅうたんで、みんながちょっとずつ力を出しあって空を飛ばしているのだ。そうキイチは言っていた。
 キイチが旅から帰ってきて、はじっこを見つけたといっても、信じてくれる人なんているだろうか。誰も信じないかもしれないけれど、それなら、私くらいは信じてあげよう。
 魔法のじゅうたんに乗って、私たちは空をゆく。早く飛べ、そう念じると、雲の動きがちょっとだけ早くなったような気は……やっぱりしないけれど。



Copyright © 2005 川島ケイ / 編集: 短編