第27期 #26

隠れ月夜

 場末の飲み屋で友人と仕舞いになって追い出されるまで酒を飲んだ。
 追い出されてみると、外は月のでない暗い夜で、少し気味が悪いぐらいだった。しんとした道路の真ん中を二人してふらふら歩いていると、突然、友人が、「おい、ここで曲がろう、こんな処で血をはいちゃ、つまらないからな」と言った。
 薄暗い路地へ這入りこんだ矢先、彼は物凄い勢いで血を吐きはじめた。
 どれほど吐いたか知れない。路面に黒く血が流れていき、どこか遠くで犬が悲しげに吠えたてた。わたしはひどくその犬のことを気にしながら彼の身体を抱え起した。「見なよ、お月さまが真っ赤だ」見れば先程まで出ていなかったはずのひどく赤い月が出ていてそれは何故か腐っているかのように見えた。「お前はよ、何で昨日来てくれなかったんだ」昨日は肺病で死んでしまった彼の葬式だったのだが、都合があって、行くことが出来ず、その代わりに今日こうして、彼と飲みに出たのだった。「おれの奥さんの喪服姿なんか、そりゃあ、綺麗だったんだぜ」わたしは何も言えないまま、友人を抱えアパートへと戻った。彼は道すがらも時々吐いた。月はまた見えなくなっていた。
 朝起きてしばらくすると、彼の奥さんが迎えにきた。
「色々とご迷惑を」
「いや、いいんだよ。こいつはおれの葬式にこなかったんだからな」
「あなた、何もそんな……」
 いや、いいんですよ。彼の言うとおりなんですからと答えると、友人は満足したように頷き、からりと笑うと、ふんぞりかえって出て行った。奥さんもしきりに頭を下げてから帰ってしまった。
 
 わたしはまた独りぽっちになってしまった。



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