第27期 #27

島の花嫁たち

 トッコはどろだらけ。畑の中で目を覚まし、心配そうに顔を覗きこむ農婦を安心させるようVサインする。
(よかった、何ともないんだね)
 農婦は笑った。
(大丈夫? ちゃんと歩ける? うん、それなら早めに帰ったほうがいいよ、もうすぐ花嫁さんたちが出てくるからね)
 トッコは傾斜のきつい坂を、原付押しつつのろのろ降りていた。帰るため、この島から出るために。昨日、縁日のビールで酔っ払い、本土から島への橋を意味なく渡ったところまでしか記憶がないトッコ。二日酔いで落ちこみに拍車がかかるが、なんとか海岸に一番近い道路に出て、橋の方向へ向かう。
 すると波の向こう海の向こう、強い時化をものともせず、どんぶらこどんぶらこと丸木舟がやってきた。驚くトッコをものともせず、やがてそれはまっすぐ海岸に到着し、浜辺に乗り上がる。中には誰も何も乗ってはおらず、目を丸くするトッコをあざ笑うように大粒の雨が降りだした。やがて雷までもぴかぴか光りだしたので、トッコは慌てて、左側の閉まっている商店の庇の下へ避難する。その後もざあざあいう音は更に強まり、彼女と海のど真ん中の道を数台の車が横切って、水溜りを飛ばした。
 黒い排気ガスの散った道路の海側に、いつの間にか数十人の女性が立っていた。色とりどりの打ち掛けをまとい、お重のような箱を両手に抱えている。そのあでやかで異様な様にぼーっとしていたトッコは、白粉を塗りたくった顔が実はのっぺらぼうだと気付くのに少し時間がかかった。
 彼女たちは海岸への砂だらけの階段を降りていく。
(花嫁さんたちが何でこんな雨の日に外を出歩いているか、だって?)
 先ほどの農婦の言葉がトッコの頭をよぎる。
(そりゃあ神さまを慰めに行くからだよ)
 トッコは庇から出て彼女らを追った。花嫁たちは砂浜をずぶ濡れになりながら歩いていたが、やがて丸木舟をずらっと囲み、汚れるのも厭わず履物を脱いで、手に持っていた箱を置き、正座をする。すると雷光とは違い長く途切れない光が海の一角を照らし始め、それが一瞬強まったかと思うと、彼女らはトッコの目の前で忽然と消えた。
 昔腕のいい人形師が、一年に一度しか島に戻れない神さまを慰めていた。彼がいなくなってからも彼の忠実な人形たちは海の神さまを慰め続けているという。
 どこかで聞いたそんな話を思い出して、雨上がりの陽の光を浴びながら、トッコは何もなくなった浜辺を眺めていた。


Copyright © 2004 朽木花織 / 編集: 短編