第27期 #2
少年は今日も一人だった。木枯らしが吹き、黒くうねる波に背を向け、湿った砂浜にしゃがみこんでいた。
寒い日だった。曇天の空を数羽のかもめが旋廻し、暗く泡立った海を見下ろしていた。
少年は黄色く黄ばんだシャツの袖をまくり、砂浜に大きな穴を開けようとしていた。黙々と鉄さびた小さいスコップを動かしていた。夢中だった。寒さを感じることもなかった。遠くに響く潮騒も耳には入らなかった。どうしてそれほどまで我を忘れて穴を掘っているのか、またいったい何のためにそんなことをしているのか、その答えは少年にさえも分からなかった。
膝の高さほどの穴が出来上がった時だった。何かが、しゃがんでいる少年の尻を小さな力でぐいと押した。最初少年は無視した。しかしその力はだんだんと強くなり、激しさを増していくので少年は振り返った。
そこには一頭の亀がいた。少年は目を丸くした。というのも、生まれてこの方、二本の後ろ足で立つ亀など見たことがなかったからだ。
「君は何? 本当にカメなの?」
恐る恐る少年は尋ねた。亀は何も言わず、、一度ぶるっと頭を細かく振り、短い脚をこきみよく動かして少年の作った穴に飛び込んた。
その穴の深さは亀にとってちょうどいいものらしかった。足を穴の底につけると、ぴょっこりと頭の部分が地上に突き出した。
風が少年と亀の間を吹き抜けていった。少年はその時にはじめて寒いと感じ、ぶるっと身を振るわせた。亀も身を振るわせた。そしてまた二人の間を風が吹き抜けていった。
「君は何? 本当に本当にカメなの?」
少年は繰り返し尋ねた。亀は黙っていた。と突然、前足を不器用に動かして真上にとんだ。少年は驚いた。というのも、これまで跳躍する亀など一度も見たことがなかったからだ。
元の場所に着地した亀に少年はゆっくりと手を伸ばした。噛み付かれたりしたらどうしようという不安はなくもなかった。けれど、たとえ噛み付かれたとしても、どうしてもその亀に触れてみたかったのだ。
亀は拒まなかった。少年の細く短い指をおもちゃにするように首を動かした。少年は少しずつ大胆になり、両の手を伸ばし、亀の身体をつかまえて自分の腕の中に引き寄せた。亀の腹は思いの外やわらかく、そして暖かかった。どうしてだか少年の目には涙が溢れ出した。亀は何も言わず、少年のやせた胸にじっと頭を押し付けた。
その圧力を感じたまま、僕の目は静かに覚めた。