第25期 #22

風の惑星

 辺境の植民星セトーの大気中には、地球の海水に塩分が含まれる如く、セトロンという微粒子が含まれるために、地表から千メートル上空で、人間の体は、浮く。地表近くほどセトロンの含有率が増えるため、ここでは物が地面に落ちて壊れるという感覚がない。それまでに浮いてしまうからである。セトー人は地表から細長い支柱を伸ばし、空に浮かぶ住居で暮らしていた。移動にはハンググライダーを使う。
 ヒロは十四歳のおとなしめの少年。けれど見かけによらず、今年のグライダー大会で優勝した。この星では最高の名誉だ。毎日補助プロペラを使わず風に乗って登校する。最近彼の通う学校に転校生が来た。地球大使の娘だ。地球は銀河を支配する大軍事力を持ちながら、けれども各地の植民星に融和策を取っていて、大使が家族連れで赴任したのも、子供を地元の学校に通わせるのも、そのような奇妙な政策の一環らしい。
 転校初日、大使の娘が自分の席に座ったと言って髪の毛を引っ張った女子がいた。途端に頬をひっぱたかれ激しく罵られ、大泣きしてしまった。
「遅れた星ね。どこに座ろうと自由よ。あんたたちに、人権というものを教えてやるわ」
 あっけなく反対派は消滅、すぐに女子の大半が彼女と昼食を取りたがり、地球の話をせがんだ。休憩時間に彼女が手洗いに立つと、十人ばかりがぞろぞろ付いていった。ヒロは遠い地球には関心はなかった。ただひとつ、地球大使の娘がとびきりの美少女である点を除いて。
 クラスの女王様になった彼女の意外な弱点が見つかった。後ろから押されて柵のない教室のベランダからはみ出しそうになったとき、悲鳴を上げて涙ぐんだのだ。
「私――落ちるかと思った」
 みなが首を傾げた。未開の荒海ならともかく、街中で足を踏み外しても降下しつつ手近の支柱まで飛んで梯子を登って来ればよいだけなのに。彼女はグライダーに乗らず、登下校には運転手付きのヘリコプターを使っていた。
 遠足のとき、彼女が飛行船から落ちる事故があった。ちょうど荒海の上を通過中で、あまり深く沈むと気流に流され二度と浮かび上がれない恐れがあった。ヒロはバラストを積んだグライダーで深く潜り、漂う少女を発見して抱き上げた。けれども風が強くグライダーの制御が難しかった。
「今ここで私と友達になって。一人も友達ができなかったまま、死ぬのは嫌なの」
「大丈夫。捕まって」
 大使の娘はヒロに口付けた。
「地球のおまじないよ」



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