第25期 #21

伝言バー

達矢と江美子は三十歳。ふたりは小学校の同級生。一年前に結婚。江美子は妊娠。ふたりでバーに行く。バーには初老のマスター電吉さんと若い大柄のバーテン権助さんがいる。今日の店番は権助さん。達矢と江美子は子の名を考える。女の子だったら「奈保子」にしよう。小学校六年生のとき仲良しだった幼なじみの名。中学二年のときに交通事故で亡くなってしまった。翌日、初老の夫婦がやって来た。男は孝夫六十歳、女は忍五十七歳。白ワインを注文する。忍は、亡くなった娘の誕生日のお祝いと答える。奈保子おめでとう。とグラスを合わせた。電吉さんと権助さんは週に一度、伝言ノートで情報交換する。権助さんは若い夫婦のことを、電吉さんは初老の夫婦のことをノートに書いた。共通する名前は「奈保子」。翌週、孝夫がひとりで来店した。もし、自分の娘さんの名前を由来にしたいという夫婦がいたとしたらどう思うかと。孝夫ははっとした目をして黙ってしまった。電吉は孝夫の気持ちを読んだ。数日後、達矢が来店。幼なじみの奈保子とは亡くなった孝夫の娘であることは間違いなかった。亡くなった幼なじみの名前をつけるのはもう一度よく考えてからにしたほうがいいと電吉は言った。達矢は怒って席を立とうとする。そのとき太ったおかまが店に入ってきた。電吉はカウンターから飛び出しておかまにビンタ。電吉はおかまに叫ぶ。「ナオコ、ナオコ、ナオコ、ナオコ〜おまえなんか死んでしまえ〜」。幼友達の顔がナオコと呼ばれるたびに浮かぶのだ。カツラが取れると権助だった。翌週、達矢は来店。自分で名前を考えてつけることにすると言った。そして、このことを奈保子の父親に伝えてくださいと言った。翌日、孝夫が来店。電吉は孝夫に達矢の言葉を伝えると、じっと考えてから、奈保子を胸の中でいつまでもいさせてやってくれるよう伝えてくださいと言った。


Copyright © 2004 江口庸 / 編集: 短編