第237期 #4

睡眠王

 睡眠不足は突然に訪れた。彼は目覚まし時計を使わずに毎日六時きっかりに目を覚ますが、ある日を境に起床時間が毎日五分ずつ早くなっていった。最初のうちは自分の体質の変化を疑い、しかし身体に異変がないことから特に気にも留めず、それどころか早起きを喜んでいたが、起床時間が午前四時になった時点でこれはいよいよおかしいと病院へ行った。医師は「最近そういう人多いですよ」とろくに診察もせず彼を見た、その目の隈に彼は何も言い返すことができず、処方された睡眠薬を飲み、翌朝三時五十五分きっかりに目を覚ました。日中に眠気を感じることも多くなったが、しかしそれは昔あったような淫魔のような睡魔ではなく、物陰からじっと見ている通り魔のような睡魔だった。全体的に身体がだるく重くなり、職場の昼休みなど机に突っ伏してもみるのだが、睡魔は一定の距離を取りながらじっと彼を見るだけだった。家に帰って床に就く時間を早めても、睡魔は彼の隣で彼を見つめたまま全く襲ってくる気配はなく、二十二時になったとたんに彼に襲い掛かった。猟奇的な睡魔は彼の意識をバラバラにした。身体の部位がそれぞれ食いちぎられるように活動を止め、最後はいつも彼の動き回る眼球を串刺しにした。
 昨日より今日のほうが五分だけ疲れていた。どこかに必ず彼の睡眠をむさぼる誰かがいるはず。彼は二十二時に気を失う直前にその思考に思い当たり、明日の起床予想時刻の五分前にアラームをセットして、ナイフを手にして力尽きた。
 奴隷たちは大きな寝台を半裸で支えていた。寝台の上には王が眠っているという。王が寝返りを打つと、そこを支える奴隷は重さに耐えかねひざまずきそうになる。鞭で打たれる。「一ミリも動かさぬよう、王の眠りを覚まさぬよう支えよ」隣で容赦なく打擲を受ける奴隷の目にできた隈で、これはいつかの医師だと気付き、同時に右手に握るナイフにも気付いた。彼は医師を庇うふりをしてそこから抜け出すと、そのまま一気に寝台を駆け上がり、彼らの睡眠を奪い続ける王の喉元に向けナイフを構えた。「ジりりりり」警報だ! 奴隷が散る! 王が目覚める! 振り下ろせ!

「……はい、確かにうちの患者です。睡眠不足によるうつ兆候が見られました」
「そうですか。自殺で間違いなさそうですね。先生は、よく眠れますか?」
「ええ」

 警察を見送りながらあの日以来、とてもよく、と医師は、睡眠王はつぶやいた。



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