第237期 #5
昨日、あの娘が死んだ。
報道によれば、釣人が川に浮いている彼女を発見したらしい。死因は溺死。警察は自殺と見ているようだ。
少女の自殺と聞いて、私はすぐにピンと来た。
会社からの帰宅途中に度々見かけていた、橋の上の少女のことが脳裏を過ぎったのだ。
夕陽を映した川を見つめる彼女の憂いを含んだ横顔、丸まった背中、強ばった脹ら脛。娘と同じ中学校の制服を着ていた。
そんな見かけのこと以上に強く記憶に残っているのは、彼女の纏う薄暗い陰のような何かのことだった。
訃報を知ったその夜、自宅で夕食を食べながら、ちらりと娘の顔を窺った。
気怠げな様子でスマホを弄っている娘に、
「ニュースで言ってた女の子って、お前の学校の生徒だろ?」
「そうだよ」
「知ってる娘か?」
「クラスが一緒」
スマホから視線を逸らさず、娘は抑揚のない声で答える。
「その子、なんで自殺したんだろうな」
「さあ」
「イジメでもあったのか?」
「まさか。あの子、普通に友達多いし、家は金持ちだし、人生楽勝モードな人間だったよ」
どこか小馬鹿にしたような物言いだった。少なからず嫉妬も混じっているのだろう。
娘曰く、何不自由なく生きていたという少女。
では、何故、彼女は自殺してしまったのか。
夕食のハンバーグを黙々と食べながら、その理由を考えてみる。
つけっぱなしのテレビからは、くだらないバラエティ番組が垂れ流されていた。私も娘も、洗い物をしている妻も見ていない。
なら消せばよいのだが、その結果生み出される沈黙が、私には耐え難かった。
私には妻と娘がいて、贅沢とは言えなくとも充分な生活が出来ている。
それなのに、時折、魔が差すように考えてしまう。
私は、「幸福」なのかと。
そもそも、幸福とは何なのだろうか。少なくともそれは絶対的ではなく相対的なものであり、個々の人間によって、幸福か否かは変わってくるだろう。
端からは幸福な人生を送っているように見えたに違いないあの少女は、それでも死を選んだ。
その理由は本人にしか知り得ないが、何故か私には彼女の気持ちが解るような気がした。
充たされた日常。特に不満もない生活。そんな中、ふと泡沫のように浮き上がる不安、虚しさに似た、何か。
ソレが弾ければ、後は奈落に落ちるだけ。
こうして妻お手製の美味しいハンバーグを食べている時でさえ、ソレはぷかりと浮いてくる。
水面に、水死体が浮かぶように。