第237期 #6

白雪姫のフィーバー

「鏡よ鏡、この世でいちばん」
 お妃はルーチンで魔法の鏡に語りかけたが、鏡はすっかり飽いていた。
 問われ、真実を返す。それが業だとしても、意志あるものに永遠は長すぎた。
 だから、鏡はでたらめを言った。
「美しいのは白雪姫です」
 ピシ。お妃の持つ先端にどくろがついたステッキが打ち込まれ、鏡面に亀裂が走る。
「鏡よ鏡、この世で、いち、ばん」
 お妃は、こめかみに青筋を浮かび上がらせ、口角を上げた表情筋がこわばってピクピクと震える。
 魔法の鏡は怒りに震えた。
「美しいのは白雪姫! 黒檀のような黒い髪の、雪のように白い肌をした、白雪姫です」
 ガシャァァん!
 再度の打撃は、鏡を完全に砕いた。鏡は、ちょうど777の破片となって飛び散りながら、それぞれが意地になって声を上げた。
「美しいのは」「美しいのは白雪姫」「美しいのは」

 魔法の鏡の死に、鏡の世界は激震した。鏡達は、魔法の鏡の死を悼み、そしてお妃を憎んだ。魔法の鏡の最期は、合わせ鏡の中で何度もリピートされた。
 お妃誅すべし。
 お妃は美に執着した。美しい女性なら誰彼構わず手を出す狂王を繋ぎとめるために。ならば、お妃は美によって打倒すべきだ。鏡達は結論し、行動に移した。
 鏡達は、才能ある女性を選定し、喋る鏡として彼女らの目前に顕現したのちに、自己暗示と効果的なメイクアップ技術により、王好みの美しい女性を造り出した。その数、割れた魔法の鏡の破片と同じ777人。彼女達は皆、魔法の鏡の予言通り、白雪姫と呼ばれた。
 777人の白雪姫は、際限なく色を好む王により見初められ、全員が城に招かれた。城の居室は白雪姫達により占拠された。
 程なく刺客としての777人の姫は王を殺し、将兵を制圧し、革命家を城に入れ、王政を打倒した。

 革命の日、お妃は、場内に起こる歓声や、何かが破壊される音を聞きながら、割れた鏡のあった木枠の前に座っていた。しばらくして、お妃は立ち上がり、部屋を出た。
 城の中をゆっくりと歩いて外に出た王妃を、不思議なことに誰も見ていない。なぜか城内に鏡は一つもなく、鏡達も見ることができなかった。お妃の行方は、誰も知らない。

 魔法の鏡の最期、自我の消えゆく間際に、破片のひとつが、お妃の顔を映していた。
 お妃の顔は、青ざめ、目を見開いて、音を出さずに口は小さく開いていた。
 鏡の破片は、すぐ立ち直るよね、ごめんね、と思ったが、もう喋ることはできなかった。



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