第237期 #7
傘を逆さにして水を溜めて遊ぶ子供たちを見たことがある。開いた傘をぐんと振って逆さにして、そこへ雨水をためていく。
たぷたぷにためて、勢いをつけて天にぐいと突き上げれば、傘がひっくり返って水がどばしゃっとあたりに飛び散る。そうやってあたりを水びたしにして、母親に大目玉をくらっている子供たちを見たことがある。
「あんた今いくつだっけ」
冷たい声。
「していいことと駄目なことの区別もつかない歳じゃないよね」
周りに飛び散った水。ゆっくりゆっくり時間をかけてためて、一気に飛び散らせた。大盤振る舞いの水。いや、こういう時につかう言葉じゃないか。
緑と灰色のまじった、おもたい雨雲にたっぷりため込んだ水。ぎりぎりまで、限界までためて。大盤振る舞いの雨。
「いや、だって」
「だって何」
「ちょっとずつより一気にいったほうが気持ちいいかなって」
梅雨時のしめった空気。いつ降るか、今日は降るかと空を見上げる人々。出かける時に念のためにと鞄に放り込まれ、今日は空振りだったなと帰宅後に取り出される折りたたみ傘。
そんな様子を見ているのが好きだった。
おおきいおおきい雨雲を空一杯に広げて、水をたっぷりため込んで。もう無理、というタイミングを見計らって僕は、えいやっと一気にぶちまけた。
「一日中降ったりやんだりするより、一気に降って晴れあがった方がすっきりするかなって」
本当は気づいていた。水をぶちまけるその何分の一秒か前に視界の隅に捉えていた。けど、なんであの子傘を地面に置くんだよって、なんでこのタイミングなんだよって思ったのは水をぶちまけた後のことだった。
僕が今年初めてのゲリラ豪雨を地上にお見舞いするその直前に、雲の端からしたたりはじめていた雨粒に気づいたその子は傘を開いて、それから、道端に打ち捨てられた段ボールの中の小さい生き物に目をとめた。そうして僕が満を持して雨雲にためた水をぐわっとひっくり返すタイミングで、よりにもよって自分の傘を段ボールの上にかざした。
「あんたねえ」
母さんが目を吊り上げる。水気のなくなった雲のきれっぱしの上で正座して首を垂れて、僕はずぶぬれにしてしまった女の子に心の中でごめんと手を合わせる。
雷様が母親に雷を落とされるなんて駄洒落にもならない。そんな益体もないことを考える僕の視界の隅に、その子に気づいて駆けよって、遅ればせながら傘をさしかける子がちらと映った。