第237期 #3
「 痛ッッッた!」
香織は机の角に小指を思いきりぶつけ叫ぶと,その場にうずくまり悶絶した。
何なのよ今日は。外を歩けば鳥にフンを落とされ,家に帰ったと思ったらこれ。
これが厄日というものなのか。それとも,これからもっと悪いことが起きる前触れなのか。
――翌日。
「おはよー。」
香織は教室に入ると,席に座りながら隣にいる悟司にあいさつした。
悟司は,小学校の頃からの同級生で,中学,高校,大学と同じ学校に進学してきた仲の良い友人だ。悟司は昔から少し不思議なところがあった。性格はおとなしくあまり喋らないこともあり,未だに何を考えているのか良くわからない。授業中以外はいつもヘッドホンをつけているのだが,以前彼の母親から聞いたところによると,これは小学校の頃からのようで,学校でしか会わなかった香織は知らなかったが,家ではずっとヘッドホンをつけていたらしい。ハッキリした性格の香織からすれば,悟司は特別自分と仲良くなるような人物とは思えなかった。何かきっかけとなる大きな出来事があったわけでもなく,しかし,なんとなくウマが合うところがあったのだろう。気が付けば香織は悟司に対し親しみと信頼を感じていたのだった。
「ねえ聞いてよ。昨日さぁ…」
香織は悟司に話しかけた。香織は本来あまり過ぎた出来事など気にしない性質である。しかしなぜだろう,それでも昨日起きた不幸の連続は,一夜明けてなお香織の胸中に深い影を落とし続けていた。無論,それを誰かに相談してもどうにもならないことなど香織とて分っていた。しかし,ただ,なんとなく,悟司には話してみようという気になったのだった。
ところが,当の悟司は依然としてヘッドホンをつけ澄ました顔をしている。
「ちょっと,聞いてるの?」
香織はムッとして悟司を小突いた。
「聞いてるよ。」
悟司はゆっくり瞬きすると外したヘッドホンを首にかけながら言った。香織は意気込んで,
「いや,聞いてよ。昨日さ」
そこまで言ったとき,悟司の首にかかったヘッドホンから小さく「痛ッた」と女の叫ぶ声が聞こえた。