第230期 #7
ある日、気づくと、妹がさなぎになっていた。
妹は愛らしく素直で笑顔が可愛らしく、妹を嫌うものなどどこにもおらず、誰しもが妹に好意をもった。
妹の兄であるおれは、妹のような愛らしさをもたず、卑屈で、他人に対しては恐怖と敵意しかもっておらず、他者から疎まれ避けられていた。
卒業後は家を出てひとりで暮らしていたが、ある日、連絡が途絶えていた親から、妹の様子がおかしいので見てやってくれないかと相談された。妹との差を顕著に感じ始めた十代の頃から妹とはずっと距離をとっており、話しをしたことなどなかったが、平身低頭の勢いで電話をしてきた親の態度に優越感を覚え、完璧だった妹が困っている姿というのも見たくなり、足が遠のいていた実家を訪れた。
親におざなりに挨拶をしたあと、妹が立てこもる部屋の前に立ちノックする。妹の部屋に出向くのは初めてのことだった。
親の言うとおり、扉は開かない。けれども、お兄ちゃん、とおれを呼ぶくぐもった声が微かに聞こえてきた。そして、おれひとりなら部屋に入ってもいいと言う。
暗い部屋のなかで、妹はさなぎになっていた。固くてでこぼこした表層から黒い突起がところ狭しと生えている。そして、その体表から壁や天井へと粘ついた糸を伸ばし、部屋の中央に陣取っていた。妹の身体を支えている糸を避けながら妹本体に近づくと、妹はその身体を動かさないまま、やはりくぐもった声で、お兄ちゃんなら大丈夫だと思っていたと言う。
廊下にいた両親は階段を駆け下りていってしまい、声も聞こえなくなった。おれは扉を閉め、妹のそばに座り、その体表を撫でた。
これこそが自分の妹だ。今までの妹はまがいものの幼生だったのだ。
おれは実家に戻り、妹の部屋で過ごした。ごつごつした妹は枕にもならないが、そばにいると気持ちが穏やかになる。
ほぼ一年が経った頃、妹は羽化を始めた。たとえようもなく美しい姿になるものと思っていたが、予想を裏切り、羽化した妹は幼虫のような物体になり、退化した両手両脚は戻らず、蠕動運動で動くようになった。親は家を出て行った。妹は見捨てられたのだ。
妹はずるずると部屋のなかを移動し、おれに食べものを求める。おれは身体が大きく貪欲な妹のために、虫を集め、庭を畑にする。
小さな口をもごもごと動かし害虫を食べる妹は誰よりも愛らしい。おれがいないと生きていけない妹のそばで、おれは今日も穏やかに眠る。