第230期 #6

ウサギ人間

 来年のカレンダーを買おうと思って百円ショップに寄ったら、玩具類のコーナーで、結界を売っていた。
 結界は、敵の攻撃から自分の身を防御するために使うもので、普通は安くても数万円はする。

 商品名は「プチ結界」。

 パッケージの裏面には、「有効範囲:直径2メートル、高さ1メートルの半球内 防御率:30%」とある。
 これでは、立ったまま結界を張るのは無理だし、防御率30%とは、10回中7回は敵の攻撃をまともに受けてしまうということだ……。
「ぜんぜん使い物にならないって、いま思ったでしょ?」
 声に振り向くと、ウサギの耳が頭に生えた女性が、私を見て微笑んでいた。
「あたしはウサギ人間だから、よくウサギ狩りの対象になることがあるけど、このプチ結界には何度も助けられたわ」
 彼女の言うウサギ狩りとは、ウサギ人間という曖昧な存在を許さないカルト集団による襲撃のこと。
「結界の商品は、いくら値段高くても一回しか使えない。だから普通に売られている何万円もする結界を買えるのは、襲われる危険が少ない人か、金持ちだけでしょ」
 私は商品を置いてその場を去ろうとしたが、すぐに彼女に腕を掴まれた。
「あなたみたいに魔法使いのバッジを付けている人なら、何度でも自由に結界が張れるでしょうけど、そうでないあたしたちはこういう商品を買うしかないのよ」
 今日は来年のカレンダーを買いたかっただけなのに、こんなに絡まれるとは思わなかった。
「あたしはこの百円ショップの店員だけど、ウサギ人間だから時給も百円。しかもウサギ狩りに遭うから、結界も買わなくちゃいけない」
 私だって、コロナで仕事を失ったせいで収入はゼロになってしまった。
 魔法を使えても、仕事がなければどうしようもない。
「あなたもいろいろ大変みたいね。でも仕事がないなら、あたしたちウサギ人間のコミュニティーで仕事をしてみない?」

 そうやってありついたのが、ウサギ人間たちを護衛する仕事だった。
 彼らをウサギ狩りから守るのはもちろんのこと、百円のプチ結界や、攻撃用のプチ攻撃という商品の改造をして品質を良くする仕事もした。
 給料は最低賃金よりずっと少ないが、彼らと一緒に住めば家賃はタダだし、なんとか生きていくことはできた。

「コロナが終わったら、きっとあなたはここを出ていくのでしょうね」
 ウサギ人間は臆病で、未来に悲観する種族だという。
 だから彼らの部屋には、カレンダーがない。



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