第230期 #5

Tさん

いつもSNSで私の小説の感想をくれるTさんから、「厚かましいですが、直接会って感想を言いたいです」と突然ダイレクトメッセージが来た。仲良くしているけど、顔も知らないフォロワー。疑うのも申し訳ない気持ちだけど、本当に信頼して良いのかな。私のペンネームは「純」で中性的だし、小説も男性ぽい自負があるからHな下心、ということではないと思う。けれどもし、今までのやり取りは出会い目的だったなら悲しい。不安とわくわくが入り交じる中、私には相談できるのはお兄しかいない。
「俺もついていくよ」お兄は父親のいない私にとって父親以上の存在。いてくれるだけで心強い。あ、でも、もしかしたら、お兄が「純」だと勘違いされちゃうかも。

当日、すらりとしたおじさんが待ち合わせ場所に現れた。特徴のある顔ではないけど、どこかで会ったことのあるような気がした。少しも迷う様子もなく、私ににこりとする。
「はじめまして。純さん、ですね。今日はありがとう。よろしくお願いします。そちらは…」
「あ、兄です」
お兄はTさんの顔を見ると顔をしかめて目をそらした。
「こんにちは。はじめまして」
「どうも」
私とTさんが仲よさそうだから嫉妬?…なわけないか。お兄にとっては赤の他人。訝しんで同席したのが気まずかったみたい。

今回私の書いたのは私小説的な話だった。父親がいない家族の優しくも少し悲しい話。Tさんは丁寧に感想をくれた。私たちの苦労もそれ以上の幸せも伝わってきた、と。私はやや切ない話のつもりで書いたけれど、もっと深いところまで読み取ってくれた気がする。私のすべてを出して書いた甲斐があった。

「今日はありがとうございます。この感想を直接言いたくなってね」
「こちらこそ、嬉しいです」

笑顔でTさんと別れた後、ずっと不機嫌だったお兄が口を開いた。
「あいつ、親父だよ」え…?
「覚えていないと思ってわざと名乗らなかったんだろ。お前は小さかったから無理もないけど、俺は覚えている。自分の親父の顔を忘れる訳ないだろ」
どうして「純」が私だと気付いたのかわからないけど、ずっとお父さんは私のことを見守っていたのか。私の小説はきっと届いた。だから会えた。でもだったら名乗れば良かったのに。私は喜んで良いのかな。それとも…。
「なめやがって」
お兄の吐き捨てた台詞が心から消えない。この気持ちに私の、私たちの答えは出ない。
だから私は次の小説を書き続けて発信するしかないんだ。



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